ペドロランド日記

スペインの国際村「ペドロランド」を中心にフランスとイギリスに発信地を移しながら、日々の出来事を綴っています。

夏のイギリス

2005-07-11 23:19:45 | イギリスの生活
やっぱり夏のイギリスはいい。どこも花盛りである。緑が広がる。雨が少なくて茶色の地肌が広がるペドロランド近辺とは対照的だ。

写真はキャラバン場内の共同花壇。去年から園芸会社の女性が手塩にかけて少しずつ築いてきた小さな庭だ。典型的なイギリスのコテージ・ガーデンを模したもの。

昨日今日と最高気温は29度まで上がった。この調子だとあまり避暑にはならない。それでも日が沈むと気温が下がり、夜は涼しくてぐっすり眠れるのがスペインと違っていいところ。

イギリス到着

2005-07-11 22:39:31 | イギリスの生活
のち7月6日の午後9時少し前にペドロランドを出発した。スペイン・フランス国境近くで小雨が降る。安いスペインのガソリンで満タンにし、フランスに入った。

期待していたミラウの新しい陸橋はなかなか立派であった。まだ薄暗い夜明け前の空にそびえ立つ柱の先で明かりが点滅している。その柱から何本もの鋼材がまるでハープの絃のように、優雅なカーブを描いて鉄橋まで伸びている。眼下に広がる谷間には村や町が点在している。これがもう少し明るくて、天気もよかったら、絶景だったであろう(車で通過しただけだったので、残念ながら写真はありません)。

朝食のため、ドライブインに立ち寄る。ふわふわでバターたっぷりのクロワッサンと外側はカリカリ、中はやわらかなコッペパンに、アプリコットジャムとカフェ・オ・レの朝食をいただく。新聞スタンドで売られているフランスの新聞を見ると見出しは「なぜロンドン?」。オリンピック誘致争いに敗れたパリの悔しさが表れていた。一部の関係者を除き、イギリス人はオリンピックなどほしくはないが、フランス人を負かしたのは気持ちがいいと言う。

イギリスのナンバープレートの付いた車を運転していると、フランス国内で冷遇されるのではないかと心配していた夫だったが、ガソリンスタンドの女性店員(ポンプが動かないと言うと、いきなりヒステリックに怒り出した)とフェリーのチケット売り場の受付嬢(冷たい事務的な素振りで、役に立とうという気が全くなかった)以外は普通だったと思う。高速道路の料金所の若い男の子なんかは、にっこりと微笑むほど愛想がよかった。この2人の女性はきっと出がけにボーイフレンドとけんかでもしたのだろう。

パリ南方でその日の旅を終え、一泊するつもりだったのだが、目標としていた町にさしかかったのは、午前11時であった。こんな時間ではホテルにチェックインはできない。とりあえず、パリの北まで行ってみようということになった。

パリは土砂降りだった。環状道路に入るときに、エッフェル塔とモンパルナスの丘をちらりと遠景にとらえる。それから後は、わき目をふらずに、道路標識を追う。パリ市内に迷い込むと脱出するのに少なくとも2~3時間はかかるからだ。折からの雨と昼食時の混雑で、パリを抜けたのは午後2時近かった。ここからカレーまでは、約2時間半。となると、今夜はホテルよりは自分たちのトレーラーハウスで過ごそうということになるのだった。

カレーでフェリーのチェックイン手続きをすると、イギリスの入国審査がある。これは初めてのことだった。これまでは、ドーバーに着いた後、「欧州連合パスポート」と「その他のパスポート」という2つの車線に別れ、わたしを乗せた車は、短いがなかなか進まない「その他のパスポート」の列に着くのが常だった。フランス側でのイギリスの入国審査というのはいい案である。フェリーがイギリスに到着してからだと、乗船していた何百台もの車が一斉に殺到することになるわけであり、たいへんな混雑になる。ところが、フランス側だと、港に到着するのは各車まちまちということになり、入国審査の列も短く、審査官もゆっくりと時間をかけてチェックができるわけである。不法移民が大型トラックの荷台にもぐりこんでイギリスに上陸した後逃亡するのを防ぐための対策なのだろうが、われわれフェリー利用者にとっても、ありがたい措置である。

こうして7月7日木曜日、ペドロランドを発って約23時間でドーバーに到着する。ここからトレーラーハウスのあるケント県のヨールディングまでは車で40分ほどだ。途中、道路情報を告げる、高速道路の電光掲示板に「本日はロンドンを避けるように」という警告を見かけた。たぶん、オリンピックの開催地決定を祝うお祭り騒ぎで、ロンドン市内は混雑しているのだろうと思っていのだが、それが爆弾テロのためだったと知ったのは、トレーラーハウスに到着した後、親戚・友人に到着を知らせる電話をしているときだった。

今年はラベンダーの季節に間に合うかと気になっていたが、ちょうど最初の収穫が始まる前だった。向かいの丘にだんだんと紫色が広がりつつある(写真)。