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暑いことを除けばイギリス滞在もそれほど悪くないのだが、いざフランスに行くと心が決まってしまうと、イギリスにいるのがもどかしい気がする。フランスにいるときは、早くフランスを離れたくてたまらなかったのだが。今度はもっとフランス滞在を楽しめるような気がする。とりあえず最初の2週間くらいは。たぶん。
フランスの何が嫌いかというと、薄暗くて陰気臭くて汚い家だ。これは夫の「プライド・アンド・ジョイ」なので本人には言わないが、中にいると陰鬱な気分になる。薄暗いのは、たぶん夏の太陽と暑さを遮断するための建築上の配慮なのだろうか、鎧戸だけでは足りないかのように、窓には木枠がたっぷり入っている。窓ガラス掃除が容易なように、木枠は取り外すことができるのだが、これがないと室内に入ってくる光の量はだいぶ違う。台所の窓も申し訳程度についているくらいで、とても小さい。そして、ここにも木枠が入っている。
フランスを発つ前に、夫がお向かいのイギリス人カップルの家で近隣のゴシップを仕入れてきた。それによると、この家に住んでいたご夫婦のうち、奥さんは心臓発作で亡くなり、その後まもなくご主人が後追い自殺をしたそうである。ロマンチストの夫は、妻無しでは生きていけなかったなんて、なんと美しい純愛と感動しながら、この話をわたしにするのだったが、わたしは怖くて「この家の中で自殺したの?」とは聞けなかった。遺産相続売りだったので、売り手の両親は亡くなっていて、もしかするとそのうちの一人は最近この家で亡くなったかもしれないが、病気で亡くなったものとしか予想していなかった。自殺というのは思ってもみなかったことだ。自動車事故かなにかでよそで亡くなったことを祈る。
幸いわたしには霊感というものがない。金縛りっぽいものはときどき経験したことがあるのだが、これは起きたいけど眠くて起きられないという単なる睡魔との闘いなのか、よく区別がつかない。それはともかく、この先も幽霊を目撃することはないと思うのだが、わたしが感じるこの家の陰気臭さはもしかすると前家主の死と関係があるのか、ちょっと気になるところである。もっとも、急いで真相をつきとめたいとは思わないのだが。