とある方のピンチヒッターで、石州流宗家のお茶会へお邪魔しました
場所は京都、八坂の西行庵
待合に入りますと、ざっと私の年令の2倍近くある大先輩ばかり、合計7名のお席です
みなさまほぼ顔見知りでいらっしゃいます
本来、私なんかがお邪魔できる場ではないですね…
でしゃばらず、控えめに控えめに…(笑)
みなさまにご挨拶して、「お勉強させていただきます」と、謙虚に謙虚に…(笑)
鹿の画の掛け物です
会記には待合の掛け物については記載されていないので、大先輩方は「セイホーさんじゃないかしら」「セイホーさんよね」「でもセイホーさんじゃないのかしら…」と、セイホーセイホーおっしゃられている
よかった
セイホーなら知ってる
「落款に鳳の字が見えますので、やはり栖鳳さんのようですねぇ…。」ということで、お話しに加わることができた
めでたしめでたし
この人数で話しに加われないと、かなりキビシー
いくらピンチヒッターで、何も知らない小娘でも(←お茶の世界では私の年令でもまだまだ小娘です)、完全に「子供の御遣い」では失礼ですもんねぇ
そうそう、西行庵というのは、母屋・茶室・西行堂から構成されていて、「皆如庵(茶室)は、桃山時代の名席で、円窓の床と「道安囲い」が有名である」とのことです
名前の通り、西行に縁のある場所のようです
この日はちょうど母屋の茅葺を葺き替えての初席ということで、みなさま庵主の方にお祝いを述べられていました
茶会の流れは
待合→露地、蹲→茶席→お菓子→濃茶→干菓子→薄茶→点心
お道具も一つ一つ楽しくて、お家元もとても素敵な方でした
「間違ったサイズの掛け物を持ってきてしまって…。でもかえって良さそうなのでそのまま使ってみました」とおっしゃられた掛け物の使い方がものすごく洒落てて良かったです
皆、絶賛していました
画像がなくて、、あ~、、残念です
会記載せときます
織田道八の蟻腰の茶杓
道八は有楽斎の次男とのことですので、ざっと350年~400年近く前のものですよね
桃山時代(桃山時代~江戸初期かな?)の茶入れもどっしりしていて素晴らしかったです
小堀権十郎は小堀遠州の息子さんだそうです
ひとつひとつ、素晴らしくて、、柳の茶器もよかったし、お釜もすごかったし…
本塩沢と加納幸の帯
そろそろいつものお店に洗いに出さないといけません
ネットショップでとても丁寧に洗いをしてれるのがこちらのショップさん
ここ数年、ずっとお世話になっています
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