`*:;,.☆ いつも笑顔☆・:.,;*

テツ、ミルキー、虎徹、そしてランとともに

2006年07月23日 | 海外生活
「捨て犬急増!」(7月20日付けの新聞より)

 夏、バカンス…我々人間家族には楽しい時季であるが、犬や猫にとっては受難の時季である。年々、捨て犬や捨て猫が残念ながら増えていってる。特に、バカンスが始まる6月頃から、今までかわいがっていた動物達を、飼い主のわがままで、捨ててしまうのだ。(2004年度、捨て犬 38000匹!)
 ある保護センターでは、普段でも毎日30匹を引き取ったり保護してるのに、夏になると1日50匹に増える。センターの所長の話では「離婚、引越しが良く使われてる言い訳でその次が、犬の凶暴さやアレルギー、赤ちゃんが生まれるなどの言い訳だ。このような言い訳をする飼い主はまだマシな方で、ひとけの少ない道の木にくくりつけられていた犬もいる。」
 別の保護センターでは、4月からの3ヶ月間、約350匹の犬と580匹のネコを引き取り、また別のセンターでは、129匹の犬を引き取った。そのうち幸か不幸かたったの10匹ぐらいが本当の捨て犬だった。(それ以外は、飼い主の適当な言い訳でセンターが引き取った) 

この記事は、5頭のワンコの写真、プロフィールの紹介が続き、里親を募集。「他のワンコたちもセンターにはいたくない!特に紹介した7才と9才の2頭については早く新しい家族が見つかる事を望んでいる」…で結ばれている。

以上、ベルギー犬猫事情でした。
(息子に訳してもらったが…息子の訳した日本語を解読するのが難しかった

 以前は、夏になれば、町をウロウロする犬を数回見かけていたのだが、最近、見かけないと思ったら、勝手な言い訳を添えてワンコをセンターに引き取ってもらっていたのだ。もちろん、泣く泣くセンターに引き取ってもらうケースもあるだろう。海外暮らしの我が家だって、もしかしたら…(考えただけで)タトゥーやチップが義務付けされ、飼い主の特定が簡単になったので、以前のようにパーキングや森などに置き去りにする飼い主は減ったようだ。

悲しい現実ですね。
何処も同じ…かな。
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夏がくれば思い出す・・・再び

2006年07月22日 | テツのこと
今日は、176回目(だぶん)の建国記念日で祝日。

主人と海に行ってきた。
(デジカメ~やはり、置いていってもらえば良かったなぁ~)
お父さんがいる日の朝は、どっかお出かけと期待していたミルキー。
いつものように、喜び勇んで玄関へ。しかし無常にも「お留守番」の声。
エ~~~!なんで、どうして!!!
落胆したミルキーの姿に後ろ髪を引かれる思い~

そのわりには、寝椅子とパラソルを借り、本を読んだり、気がついたら寝ていたり、人の多さにあきれたりと、のんびりしてきました。

でもね、ホントに連れていきたかったんだよ、ミルキー。
だけどね、この暑さ。2時間半の電車。(乗り換えもあるしね)
それに、ミルキーはまだ電車に乗ったことないでしょ。(近距離で一度練習してみようね…口輪しなきゃいけないんだよ)
悲しいけど、「犬立ち入り禁止」のビーチかもしれないしね。
今日行ったとこもやっぱり
「18」の代わりに犬のイラスト。

さて、この時季だから、やはりテツのことを書いておこう。

3年前、主人の仕事の手伝いで仕事場の方に泊まった。(息子も)
娘は、遊びに来ていた主人の両親と自宅に。
7月18日、金曜日の朝、娘から電話。「お母さん…(涙声)テツが死んだ」
その、娘の声は今でも耳に残っている。
急遽帰宅。息子は残りがんばって最後まで父親の仕事を手伝った。

帰りの電車で涙があふれて、あふれて…

17日~18日にかけて主人はほとんど寝ることなく、仕事をしていた。
18日午後から2泊3日で両親と娘とドイツへ出かける計画を立てていて、
私は反対したのだが、本人の両親思いと「大丈夫!」、には強く反対できなかった。

仕事を終え、帰ってきた主人と息子。
息子が、無言でテツを幾度も幾度もやさしく撫ぜた。
泣くのを我慢して…でも、その意思に反してやはり涙を止めることはできなかった。

主人はこう言った。
「テツはな、『大将、がんばりましたわ!』って言ってた」と。

そのとき思ったのは
きっと、テツは自分の死を持って主人のむちゃを止めてくれたんだなということ。
「大将、ゆっくりしなはれ」と。

旅行はもちろんキャンセル。

テツのその後をどうするか、
娘は健気にも、知人、市役所、大家さん、獣医さんに電話。獣医さんに然るべき施設を教えてもらい、家族みんなで見送ることができた。

テツが我が家に来た年の夏にも主人の両親が遊びに来ていた。
主人の父が「テツもぼくたちに挨拶したかったんやな」と。

なぜ、この時季なのかというと、
一昨日、昨日と年に1度の寝ずの番の日だったのだ。
その日は、やはり、年に1度の主人の休肝日でもある。
無事に行事を終えた安堵感はテツの思い出につながるのだ。
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ずーっと ずっと だいすきだよ

2006年07月17日 | 
朝の7時半という時間に油断して、帽子もかぶらず散歩に出かけた。
すでに、
まっぶしい~

公園の木陰も、今までの冷~から、涼に。
これだけカンカン照りが続くと気温もあがる一方だわね。

さて、
「ずーっと ずっと だいすきだよ」
(ハンス・ウィルヘルム 絵・文  久山 太市 訳)

 『エルフィーのことを、はなします。
  エルフィーは、せかいで
  いちばん、すばらしい犬です』

で始まるこの絵本はは心に残る1冊である。
  
  エルフィーはぼくといっしょに大きくなった。
  リスをおいかけたり、ママの花だんをほりかえすのがすきだった。
  わるさをするエルフィーをかぞくはすごくおこったけど、
  みんなエルフィーのことがだいすきだった。

  すきなら、 すきといってやればよかったのに
  いわなくても わかると おもっていたんだね

  エルフィーはとしをとった。
  じゅういさんにつれていっても、できることはなにもなかった。
  
  まもなく、エルフィーは
  かいだんも、のぼれなくなった。
  
  でもエルフィーは、ぼくのへやで
  ねなくちゃいけないんだ。
 
  ぼくは、ねるまえには、かならず
  「エルフィー、ずーっと、だいすきだよ」っていってやった。

  あるあさ、目をさますと
  エルフィーがしんでいた。
  みんな、ないて
  かたを、だきあった。

  ぼくだって、かなしくてたまらないけど、
  いくらか、きもちがらくだった。だって
  まいばんエルフィーに、「ずーっと、だいすきだよ」って
  いってやっていたからね。

  いつかぼくも、ほかの犬を、かうだろうし
  子ネコやキンギョも、かうだろう。
  なにをかっても、まいばん
  きっと、いってやるんだ。
「ずーっと、ずっと、だいすきだよ。」って。

人であろうと、動物であろうと、心から「大好きだよ」という気持ちを素直に表してみよう。きっと、日々の生活がホカホカしたものになることだろう。やがてやってくる「死」をも、「愛」の思い出が、なぐさめとなるだろう。

この絵本を読んで、そうだ!その通り~と
ミルキーに、「好きスキ~」「かわいいね~
「べっぴんだね~」と語りかける日々。(子供に、こんな言葉かけたことないわ)人様には変人とうつるだろうね。
し・か・し!
「何かくれるの?」「食べられるの?」「ソレ、おいしいの?」って顔で私を見るのはやめて~

親ばかもほどほどにですね。


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ブヴィエ・ベルノワー

2006年07月17日 | ミルキー♪
バニ犬のことを、フランス語では↑のように言う。

「ベルン地方の作業犬」という意味。(bouvier は本来は牛飼いの意味)
すれ違った小学生の女の子が、わざわざ引返してきて「この犬、セントバーナード?」と。同じスイスの犬ですがね、色が随分違うと思うんだけどね。


バニ犬に初めて出会ったとき、もう7,8年前だが
もう、目が釘付け!その時はなんという犬種かもわからず、ただ、堂々とした歩きっぷり、それでいて、なんとなくユーモラスな表情にうっとりだった。

テツが逝ってしまって、ワンコのいない生活に最初に「も~だめだ!」と言ったのは息子。そうなると、娘もがまんできない。よし、テツに安心してもらうためにもワンコを飼うぞ!…と言いつつ、最後まで踏ん切りがつかず、グズグズしてたのは私。子供達の必死の願いを無視する事もできず…
それならと「バーニーズマウンテンドッグ、女の子、名前は花」という条件を出した。「どんな犬?なんで花やねん」という主人の「?」も耳に入らないかのように、子供達、特に息子の行動は速かった!インターネット、地方紙をくまなく調べあっという間にブリーダーさんを発見。連絡すると、「最後の1ワンコだよ」という返事。なかなか、見つからないと思っていたのに…しかも、最後の1ワンコ!
早速ブリーダーさんとこへ。もう、見たら最後、「お母さん、決めよう!」と言う子供達の迫力に「ウン」とうなづくしかなかった。

今思ったのだが、ミルキーに関しては、主人の出る幕なかったな~

1週間後、ミルキーを迎えに行く。
お迎えを待つ兄弟姉妹犬の中から、「このワンコだよ」とブリーダーさんから手渡されたミルキー。「大丈夫かいなぁ~ボ~っとしたやっちゃな」が主人と私の第一印象。他のワンコ達は元気にウロウロしてるのに、ミルキーは1匹でボケーとしてた。しっかりお母さんのお乳飲んだのかしら?なんてことも心配してしまった。
でも、私たちを待っててくれた最後のワンコ。
ノー天気な我が家にぴったりのノー天気犬。
それがミルキー

いつのまにか「花」という名前だけは却下された。
「ミルキー」名付け親は…息子かな。

ミルキーを待つ1週間。
みんなでミルキーの犬小屋を作った。大工仕事が大の苦手である主人も嬉々として働いている。「女の子だと力が入るね」と言うと「テツへの鎮魂歌や」とオイオイ泣き出した…一番最後に大泣きしたのは、やっぱりテツにとってボスであった主人だった。
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合唱

2006年07月17日 | 
下手の横好きで、合唱を続けている。
今まで、「下手くそ~」と言われたことはあっても、「上手」と言われたことは一度もない。
だから、みんなで歌うのだ…これって、メンバーには迷惑だわね。

合唱は、日本の学校では音楽で、誰でも体験することだ。
ちなみに、こちらの学校には音楽教育はない。(年に数回、ミュージカル観賞のようなものはある。)その代わり18歳までは、区役所が主催する音楽教室に無料で通うことができるらしい。(希望者多数ということと、子供達が興味がなかったので、応募しなかったが)楽器、歌のコースなどがあり、まず、楽器を弾く前に「ソルフェージュ」が必須なのだそうだ。

授業の合唱ではなく、『合唱』としての初めての体験は小学校の頃、NHKの合唱コンクール予選に出たことだ。その時はピアノ伴奏者だったけど。歌うことは好きだけど、歌に自信がなかったんだと思う。結果は

中学時代といえば、校内合唱コンクール。
…その時の記憶が見事に

高校のときは、特に合唱の思い出はないが、
あ~思い出してしまった…
歌のテストでピアノの伴奏を引き受けたものの
へ~ったくそ~!!!だったのを

先へ進めよう。

大学に入って、
いわゆる、「5月病」というものの取り付かれたらしい…
私には無縁だと思っていたのに。
中・高と水泳部。でも、大学には1時間半かかって通っていたので、運動部はとてもじゃないけど、無理。
なにか、しなきゃ~と思ってた時に、
大学に入って初めて言葉を交わし、友達になった子が、
「合唱団」に誘ってくれた。
それからの大学生活は「合唱」以外、何をしたのでしょう???
今でも、大切な友達との出会いも「合唱」のおかげ。
(しまったなぁ~と唯一の後悔は…主人との出会いか!

社会人になって、しばらく地元合唱団にお世話になったが、
仕事、結婚、転勤…
長くは続けられなかった。
やはり、今も貴重な日本食を送ってくれる友達との出会いも「合唱」のおかげ。

こちらにきて、
地元合唱団にも参加したが、
だいたい練習が夜の8時。それと、言葉のカベ~
努力が足りないといえば…ウッ、そうかも

5年半ほど前から、
日本人学校主催の女声コーラスに参加。
歌うことって、やっぱり好き!楽しい!
おばさんたちだから、まぁ、言いたい放題~
ワイワイとにぎやかで、みんな大口あけて大笑い。
歌いにいってるんだか、しゃべりにいってるんだか…(う、どっちも!)

30代のお母さんから、80代!
85歳のMおばあちゃん。
大好きです甘えさせてもらってます。

最近、世代の差か
「からたちの花」を知らない人がいて、
びっくり!
(音楽の授業さぼってたでしょ~とつっこんでしまった!

教科書から、文部省唱歌といわれる曲が、なくなっているらしい。
「いい歌は歌い継がなければいけないね。」

と、意気投合して、練習に熱が入る友達との出会いも「合唱」のおかげ。

こうして、下手の横好きのまま、合唱を続けていくのだ。
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