時事解説「ディストピア」

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感想・『チャーチル  不屈の指導者の肖像 』

2015-08-29 23:55:14 | 反共左翼
岩波書店から今月25日に出版されたチャーチルの評伝。

内容自体はいたって普通のもので、
目新しいことが書かれているわけでもないが、読んで裏切られることも無い。


しかしながら、第二次世界大戦が終わって70年の記念すべき日に
チャーチルを賛美・擁護する本を日本の左翼出版社が売ってしまった。

(しかも岩波は学術出版社では最大手)

この事実は非常に重い。


私は何度か、反共左翼という言葉をもって戦後日本の知の衰退を表現してきた。

簡単に説明すると、

①戦後の日本の知識人は、日本国内に共産党員を増やさないために生かされてきた。

②40~70年代までは、共産党に対抗する存在(社会党を含む新左翼)として
 与党に対抗する主勢力となる一方で、共産党をけん制し続けた。

 実際、この時期の社会党、何割かのマルクス主義者は共産党を「旧左翼」、
 自分たちを「新左翼」と称し、自らの優位性を主張し、前者を攻撃し続けた。

 この際、内ゲバを初めとする暴力主義、選挙を軽視するデモ・ストライキの濫用、
 内部の権力抗争等により彼らは弱体化し、中には右翼と連携をとる者も出現する。

 (今では信じられない話だが朝日新聞社や岩波書店も以前は彼らのパトロンだった)
 

③こうして、右翼から自分たちの対抗軸として利用されることで
 新左翼はその存在を認められ、そこそこ強いライバルとして戦後民主主義を形成して行く。
 
 これは見せかけの議論、民主主義を示すには好都合の試合だった。
 どちらかが劇的に壊滅しないよう、打ち合わせ済みの戦いだった。

 無論、新左翼の存在をゆるすことで、
 右翼は彼らからの攻撃を受け続けることになったが、
 所詮、それは国家が公認するレベルの反対行動に過ぎなかったことを意味する。

 戦後民主主義が中途半端に牽引されたものだったという自覚は、
 おそらく、当事者も含め、多くの左翼活動家にはないものと思われる。

④そして冷戦が終結し、共産主義革命の可能性が消滅した結果、
 用済みとなった彼らは消滅、社会党に至っては解党、社民党は虫の息の状態に陥る。

 代わりに自民党の離党者と融合した混合政党である民主党が対抗馬になった。

 そして、新左翼が激減することで共産党を激烈に批判する者、
 共産党と敵対するグループを結成する左翼が消えたことで、
 皮肉にも共産党への圧力が減り、現在、共産党の議席が増えつつある。



 実際、現在の学生をはじめとする若手運動家は共産党と連携の形をとっている。
 社民党ですら、かつてほどの敵意はなく、協力しあうケースが出来上がっている。


⑤しかし、冷戦終結直後からの新左翼からの共産党の息の根を止めようとする攻撃は
 今でも続いている。結果として彼らの多くは右傾化し、保守とさして変わらない存在になった。

 言論・ジャーナリズムの分野では、未だに新左翼の残滓が跋扈している。


 先の都知事選でも、共産・社民が連携して擁立した宇都宮氏をけん制し、
 細川元首相を新左翼の残党が擁立し、共産批判を繰り返したことは記憶に新しい。


このように反共を主軸とした左翼が未だに論壇で支配権を握り、
 出版、講演を主として何かと共産主義を批判する一方で、
 1世紀以上前から続く植民地主義への批判は非常にお粗末になっている。


 
 典型的な例として、大日本帝国の戦争犯罪を責める一方で、
 イギリス、フランスの植民地支配に対する批判がさして行われていない。

 それどころか、当時の植民地主義者を美化・礼賛する本を売り出している。


 スターリンや毛沢東を悪魔化する本が量産される一方で、
 チャーチルやケネディを褒め称える本が店頭に並んでいる。



 これは、ナチス・ドイツとソ連を全体主義国家とみなして非難する一方で、
 大戦終結後も一貫して植民地国の独立運動を弾圧し続けた西洋諸国を
「ナチスやソ連とは質的に違う」存在として称える西洋中心史観そのものだ。




以上を踏まえた上で、なぜ「不屈の指導者」とまで称える本が
第二次世界大戦終結・70周年のこの時期に、岩波から出現してきたのか?


アパルトヘイトで有名な人種差別の国、南アフリカの誕生のきっかけとなった
ボーア戦争に従軍し、劇的な脱走を遂げた捕虜として英雄となったチャーチル。

その名声を利用して政治家活動を開始したチャーチル。

南アフリカの植民地省政務次官として、
現地白人と連携をとりながら、人種隔離政策を着々と進めたチャーチル。



事実上の奴隷貿易(中国人移民を奴隷労働させた)を行った植民地経営者チャーチル。
ロシア革命直後、ソ連との和解に断固反対し、戦争の継続を望んだチャーチル。
大戦後、すぐさま鉄のカーテンを下ろし、ソ連を国際政治から孤立させようとしたチャーチル。


これが不屈の指導者の正体だ。
チャーチルを「中立」の立場から「客観的に」描く。その意味を考えてみて欲しい。


ちなみに、岩波からのスターリンの本は、
『磔のロシア』『スターリンという神話』『私のスターリン体験』
『スターリンの鼻が落っこちた』『スターリン主義』など多数あるが、
いずれも、今回のチャーチル本とは違い、対象の人物を非難するものになっている。


要するに、イギリスやフランスは偉い!ナチスとソ連は悪い!ということだ。

このような歴史観がどれほど前者の植民地主義を免罪させるものか……

戦後70周年を記念する本や番組が続々作られているが、
基本的にはこの歴史観に軸をおいたもの、つまり英仏+米の敵国を悪漢とし、
共産主義やイスラム原理主義が民主主義に敗北する歴史として描くものとなっている。


よって、当時、イギリスがイランやギリシャ、インド等に下した弾圧、
フランスがアルジェリアやベトナムの市民に行った虐殺、
アメリカの日本や韓国を属国化させる事実上の保護国化の動きは
きれいさっぱり忘れられている。



このような西洋をヒーローとした歴史叙述は
現在、中東や北アフリカ、東ヨーロッパにおけるNATO加盟国の進軍
あるいは内戦勃発の誘導、テロ支援を見る限り、全く役に立ちそうもない。

かえって眼前の悪事を見えづらくさせている。


(ウクライナの内戦に関する報道がいかに歪んだものかは
 ちょっとこの問題について学んだものなら誰でもわかるものだ)



最後に、この反共左翼の影響は他ならぬ日本共産党にも及ぶものであることを指摘したい。
日本共産党はソ連や中国からの干渉に反撃するため、同国の賛同者に対して敵対し、
かつ自身も他の共産党とは極力、協力せず、対決の姿勢をとった。

西洋マルクス主義の批判などは、その典型的な例だと言えよう。


翻って、新左翼は「敵の敵は味方」方式を採用して、
冷戦の時期は、東ヨーロッパや北朝鮮、中国、ソ連と友好的に接するようにした。


ところが、所詮はアテツケのレベルの好意だったので、
すぐに反ソ、反中に転じるか、冷戦後に掌を翻してこれらの国を攻撃し始めた。


もともと仲が良くなかった日本共産党は、彼らほど熱心ではなかったが、
それでも「私はアイツラとは違う」ということを強調するため、
ソ連・中国批判は行ったし、今もあまり友好的ではない。



つまり、東欧・アジア・アフリカの旧共産圏国家に対する悪魔化工作の動きに
現在の日本共産党は、これといって反対していない。熱心に支持もしていないが。


こういった弱点を抱えてしまったことを踏まえれば、
このチャーチルの評伝は、よくある評伝として片付けるよりも、
現在の言論界の状況(西洋中心史観、反共・ムスリム史観に消極的に追従する)を
如実に表したものとして、違う意味で強く評価すべき佳作だと言えるだろう。
(『磔のロシア』と良い勝負だ)


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