Colors of Breath

★オリジナルソング・絵・詩・写真・猫・心ブログ('07.11.4開始)★『Breath』音楽活動('11.9.4開始)

COLORSも17年目。

◆私のオリジナルソングを公開しています。(ヘッドホンorイヤホン推奨)◆世界に於ける日本の役割は原発技術を広めることではなく、自然エネルギーの活用技術を広め世界を牽引することじゃないのかと思う。◆イジメとジサツと…イジメがなければその子がジサツしない可能性は?限りなく100%に近いと思う。

心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・22~2009・2・28)月曜日

2009-02-24 18:46:10 | 21.抽象画(日記絵的心象画)

心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・22~2009・2・28)

月曜日(2月23日)



春はとても好きです。
でも私の心身はあまり春と相性が良くないようです。

子供の頃は喘息持ちで、この季節は発作と共生というか、
常に爆弾を抱えている状態でした。
今は随分緩和されて身体には顕著な不調はないのですが、
幼少の頃の様々なことが微妙に影響しているのか、
自分でも掴みどころがない精神状態でどうも不安定らしく、
(…らしく、という表現も変ですが)。

過去、思春期(成人した後くらいまでかな?)、
ある意味精神的苛めのような条件下の環境で生きていました。

どういう意味かというと、梅の香に包まれながら発作と闘っているとか、
美しい茶褐色の大地にうっすらと芽吹く如何にも空気の美味しそうな景色、
そんな自然環境にありながら酸欠呼吸困難という発作に苦しんでいる、
皮肉にも、命の息吹溢れる季節【春】=喘息発作とペアなのです。


    目には青葉 山郭公 初松魚 
     (目には青葉 山ほととぎす 初ガツオ)

という 山口素堂の俳句がありますが、

私の場合、
目には青葉 山ホトトギス 初発作 
 
そんな何とも不条理な季節です。

でも幸い有難い事に未だ花粉症がない。

ああん?まてよ?今分かったよ。
何で私は花粉症がないのか。

子供の頃ずーっと投与&内服してた抗アレルギー薬のせいか?

でもやっぱり春が好きだー!


にほんの春はイイ!

 

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岸田劉生「道路と土手と塀(切り通しの写生)」

2009-02-23 20:10:43 | 17.I meet art.です。

 

 

岸田劉生「道路と土手と塀(切り通しの写生)」

****************************

小学校の頃、給食のない土曜日はよく近道をしました。

自宅までの指定通学路は学校の校門を出て直進1km、
そこから左折して1kmで、さらに左折して200mほど行った処に、
私の住む小さながありその村の奥に自宅がありました。

帰路の近道は校門を出て300m程行った地点から左へ折れ、
獣道から農道に続く秘密の抜け道を辿るというものでした。
その道に入るとすぐに藪を掻き分けなければ通れないような、
人が通っているのかどうかも分からないような道が少し続きますが、
すぐに田畑が開け耕運機なども容易に通れる広さのメイン道路に繋がります。
後はその、地面と空の境界線を押し広げるように緩い上り坂を直進して行くと、
村の私の家まで数十メートルという交差点に辿り着くのです。

通常なら重いランドセルに押し潰されそうになりながら空腹を堪え辿る、
子供の足で40分は掛かる通学路と名の付く2km以上の道ですが、
近道をすると1.5km位に短縮され、10分以上も早く空腹から開放されるのです。
時にトイレを我慢している事もあり、この場合通学路を通れば、
最悪よそ様のトイレをお借りする他ないのですが、
近道の場合は先ず人の目がないので、自然の開放感を味わいながら
済ますなんてこともありました。それは余談ですね。

そんな近道の雑木林を分け入る藪道が農道と繋がり、
その一本道が高台にある私の村へ続き、
穏やかに遠くへうねる田畑の景色に変わる瞬間、
地面と空の境界線を押し広げる様に緩やかな坂を登りきった瞬間、
それが実にこの絵にそっくりなのです。

岸田劉生「道路と土手と塀(切り通しの写生)」

確か、初めてこの絵を目にしたのは、テレビでした。
テレビ画面に映しだされた絵の赤土の色、右の土手の影、空の色、
それは正しくあの頃の、私の記憶の中に鮮明に焼きついている、
耕作される前の田畑が眼前に開ける瞬間のときめきとリンクする景色でした。

左手の塀を取り払った(この絵には重要な塀ですが)景色は、
私の脳にこびり付いている景色と瓜二つだったのでした。
それ以来私は、岸田劉生の絵というよりこの絵に、
非情に深い思いを抱いています。

派手な絵ではないけれど、私にとってとても心を穏やかにしてくれる、
素朴で素直な懐かしい匂いを感じさせてくれる大好きな一枚になりました。

故郷と繋がる、どこでもドアーを開けた瞬間みたいな…。
この絵を観ると故郷の土や空気の匂いがしてくるのです。

__________________________________________

岸田 劉生(きしだ りゅうせい男性、1891年6月23日 - 1929年12月20日
大正昭和初期の洋画家。父親はジャーナリストの岸田吟香

  

明治24年(1891)、明治の先覚者、岸田吟香の子として東京銀座に生まれる。東京高師附属中学中退後の明治41年(1908)、東京の赤坂溜池にあった白馬会葵橋洋画研究所に入り黒田清輝に師事した。明治43年(1910文展に2点の作品が入選している。

明治45年(1912)、高村光太郎萬鉄五郎(よろずてつごろう)らとともにヒュウザン会を結成、第1回ヒュウザン会展には14点を出品した。これが画壇への本格的なデビューといえる
劉生の初期の作品はポスト印象派、特にセザンヌの影響が強いが、この頃からヨーロッパのルネサンスやバロックの巨匠、特にデューラーの影響が顕著な写実的作風に移っていく。
大正4年1915)、現代の美術社主催第1回美術展(第2回展以降の名称は「草土社展」)に出品する。草土社のメンバーは木村荘八清宮彬中川一政らであった。草土社は大正11年1922)までに9回の展覧会を開き、劉生はそのすべてに出品している。大正4年に描かれ、翌年の第2回草土社展に出品された『切通しの写生(道路と土手と塀)』は劉生の風景画の代表作の一つである。

大正6年1917)、結核を疑われ、友人武者小路実篤の住んでいた神奈川県藤沢町鵠沼の貸別荘に転地療養の目的で居住(結核は誤診だといわれる。)。
大正7年1918)頃から娘の麗子(大正3年生まれ)の肖像を描くようになる。
大正12年1923)、関東大震災で自宅が倒壊し、京都に転居し、後に鎌倉に移る。この鵠沼時代がいわば岸田劉生の最盛期であった。
昭和4年1929)、南満州鉄道(満鉄)の招きで生涯ただ一度の海外旅行に出かけ、大連奉天ハルビンなどに滞在する。帰国直後、滞在先の山口県徳山(現・周南市)で尿毒症のため死去する。38歳であった。墓所は多磨霊園

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
岸田劉生
詳細を知りたい方は上記クリックでどうぞ。



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心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・22~2009・2・28)日曜日

2009-02-23 18:13:45 | 21.抽象画(日記絵的心象画)

心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・22~2009・2・28)

日曜日(2月22日)


 



そこから先は
一人でいかなければいけない世界
一人でしか行けない世界

扉のこっち側で待ってるしか
仕方ない時がある

でも私は私の立ち位置がちゃんと見えていない
常に放棄したい衝動が張り付いている
不甲斐無くて情けなくて…

(あれ?方向がずれてきたぞ、まあいいか)

それは私の経験値と言う部品が足りないから
その辺では売ってないし
ましてや落ちているわけもなく
誰かに貰えるわけでもなくて…

型番が恐ろしく古いからなあ
一歩進むごとにリセットしたかったけど
細々した修正ボタンさえ備わってなくて
というか、もともとなかったのかも…

じゃあ動かす事のなかった部品に
今から油を点してギイギイならして
スクラップまで見とどけるしかないのか

私の先の端っこはどこなんだろう…
って凝視してみたって
指で環っかを作ったって見えるわけないか

え~と
え~と
え~と
これ欲しい人あげる
この指止~まれ
(あげたくてもあげられないんだよ)

何かは教えない
それにもうみんな持ってるから…

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油絵32 赤い葉鶏頭

2009-02-20 21:22:16 | 8.hiiroさんの油絵

【緋色】ジャッカーhiiro→参上!油絵もUPします。

油絵32 赤い葉鶏頭
F15号(65.2×53㎝)
油彩・8時間






何度撮っても葉の色が白くなってしまって、結局この状態です。
ご勘弁を。油絵の撮影は難しい(ichii)


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春を告げる香り

2009-02-20 19:04:44 | 11.写真(植物・景色)



 

 

梅の花

花言葉は 「厳しい美しさ、あでやかさ」

 

 大空は  梅のにほひに  かすみつつ         
                くもりもはてぬ  春の夜の月
          
        新古今集  藤原定家(ふじわらのていか)

毎日の仕事帰り、私は梅の香に包まれながら
夜の月を愛でて帰路につくのでありまする…

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心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・15~2009・2・21)木曜日

2009-02-20 18:03:22 | 21.抽象画(日記絵的心象画)

心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・15~2009・2・21)

木曜日(2月19日)





憧れ、羨望、嫉妬


あ、水曜日のバイオグラフの記事とは全く関係ありません。
テーマは似ていますが、切り離してお考え下さい。

ある時は、が左のモノクロ樹で、対象となる誰かが右のカラー樹
私は上の三つの言葉でカラー樹という対象を見ている。
又ある時は、誰かが左のモノクロ樹で、が右のカラー樹
誰かが上の三つの言葉で私というカラー樹を見ている。

たまにモノクロ樹に興味を持つ人がいるから、
世の中の人間の関係はうまく繋がって、
回ってるんだろうなあと思う。

それを思うと、ほんと、人の嗜好ほど理解し難いものはない。

まあ、多数決で多いもの、大多数に支持されるものが、
世の中に認められる標準的とか普通とか言われるものなのだろうけれど、
だからといって必ずしもそれが絶対的なものなわけではなくて、
そこにキワドク存在するのが個性なのだろう。


そういえば、『個性や才能を大衆に認めてもらう』で思い出した。
このことについて、最近よく考える事がある。
個性って何だ?才能ってなんだ?

これの見極めも見えるようで見えないボーダーがあり、
一つ間違えば紙一重で奇異だったり猟奇的だったりで、犯罪にもなり兼ねない。
かと思えば、ただ単に多数支持に支えられているだけだったり。
普通というボーダーをどこに設定するかで、
そこから外れれば個性ではなく病的扱いになることも、これも紙一重。

何にしても多数支持のないものがその存在を主張しても、
認めて貰うのは簡単ではないということ。

けれど逆に、多数支持さえ得ればその個性や才能は認められるということか。
これを逆手にとって賢く立ち回れば、
(多少ずるく…でもそれが頭脳戦略的世渡りというものだと思うし)
頑なにつまらないポリシーを掲げて少数派『個性』を主張するより
(時にその行動はただの自己満足や自己陶酔として扱われることの方が多い)
自分の望むものを手に入れたいなら、望む方向性とは多少違えど、
持っている長所を活用するのもまた、
その人だけに許された賢さではないのかと思う。

『ガムシャラ』とか『一途』とかをよく人は賞賛し美徳扱いするけれど、
やっぱりただの不器用な馬鹿だ。
と、世の中と言うものを知ってきて、少し賢くなった私は、
昔の私のことをそう思う。
あの時に、今みたいに冷静に物事を考える事が出来て、
もう少し頭を使い柔軟に世間を受け容れることができたら、
もっと幅広い生き方ができたのかなあ、などと思う。

それに気付かなかった過去の、『一生懸命』とか『一心不乱』とかを
私は手放しで肯定出来ない。
やっぱりただの不器用な馬鹿だ。

あれ~?
こんな結論に達しちゃったよ、どうすんべ……

 
あ、hiiroさんの油絵23『聖者の行進』に貼ってあったYouTubeの曲、
変わりました。

ルイ・アームストロング「聖者の行進」

よろしければ、また覗いてください。

 

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心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・15~2009・2・21)水曜日

2009-02-19 18:02:38 | 21.抽象画(日記絵的心象画)

心象画マイ・バイオグラフ(2009・2・15~2009・2・21)

水曜日(2月18日)






苛立ちが侵略してきた












・・・・・101匹蟻ちゃんだあー!

何かちょっとスッキリ

 

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本日は寒いので鍋withとろろ

2009-02-19 00:43:17 | 16.酒肴・料理・食品






寒の戻り?数日前までの初夏を思わせる陽気とは打って変わって、
昨日今日と何と寒いことか。各地で雪雪雪、冬の空模様です。
あまりに寒かったから今日は久々の鍋にしました。

最近はこんなバラエティーに富んだ鍋スープが市販されていて、
手軽に色んな味が楽しめますよね。
キムチ鍋はよくやります。モツ鍋も美味しかったです。

そして、今日はごま味噌鍋。


実は、ある方から、豚しゃぶを『いつものタレ+とろろ』のつけダレで食べると
すこぶる美味いらしいという情報を頂き、それに近い食べ方をしてみました。



情報では、豚肉のしゃぶしゃぶの『つけダレにとろろ』らしいのですが、
豚バラ肉が好きなので安い肉で鍋にしちゃった。(*^。^*)
そう、ごまダレではなくてごま味噌味スープにしてしまったのだ。(よいよい)





上の写真は豚肉、エノキ、春菊。
他にキャベツ、白菜、シイタケ、大根、もやし、ネギ、豆腐。

ついでに焼酎のかぼす割り(ロック)



で、ここで、


右の紅いのはなんだーーーーー?!

ってことですよね。

いつもの如く、怪しいものは実家の母からです。


紫食材の好きな母が送ってくれたこれは、


紫黒米(しこくまい)

と言う縄文時代から作られてきたと言われている古代米
と、袋に説明書きがありました。

以下同じく説明書き。

昔から「血米」と呼ばれ、からだの「酸化防止」を助けるとされる
アントシアニンと言う色素や、カリウム、カルシウム等のミネラルや
ビタミン(B、E、ナイアシン等)を豊富に含んでいます。



味はほんのり小豆に似た香りで甘みがあるように感じました。
それに随分と栄養価が高いです。
今回、上記以外の説明書きがなかったので、
勝手に白米との割合を5:1位にしましたが、
古代米、もっと少なくてもよかったかなあ。

豚肉は『汁+とろろ(薄味なので+柚子胡椒で調整)』のつけダレで頂きました。

つるりと喉越しもよく新しい食感を楽しめました。






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梅銀 PART・2

2009-02-17 20:10:19 | 11.写真(植物・景色)


昨日に続きPART・2!

 

 



 

 

 

 




そうーっと鼻を近づけて
くんくんと香りを嗅ぐ
はらりと落ちる花びらにちょっと驚いて
軌跡を目で追い
動かなくなった花びらを
首を傾げてじーっと見つめる



猫のこんな仕草
とてもかわいいのです

 

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