軽井沢の

観光施設のひとつとも言える 「 発地市庭(ほっちいちば) 」
軽井沢の 地図で言えば南側地域の道沿いに駐車場や産直市場、

レストランなどもあって お土産も買え
ちょっと一息や

のんびり観光のスポットとして人気だけれど

その 入口近くに 最近、こんな看板が・・
なんだろう・・? と 近づいてみると
なんと この看板の右脚後方をよく見て !

小さな ミニ田んぼが作られているでしょ?

昭和17年に完成したと伝えられているけれど 寒冷地の稲作に劇的な改良農法となった
軽井沢の古宿(ふるじゅく)の荻原豊次(おぎわらとよじ)さん考案の

「 保温折衷苗代(ほおんせっちゅうなわしろ) 」
の 再現モニュメント?らしい

現在の様に ビニールもナイロンも存在しなかった 昭和の始め
高冷地や寒冷地では 稲作がその気候の影響が大きくて

特に種もみから芽を出す「苗代(なわしろ)」という工程の
温度管理が

とても大変だったんだんだって
昭和6年ごろと言われているけれど 荻原豊次さんは同じ地域でこの苗代がほとんどうまくいかない時でも
うまくいっている農家、場所があることに着目して

この苗代の期間に苗床の保温をする方法を試行錯誤し始め
苦節 11年を要したと言われているけれど

当時唯一入手できた防水できる「油紙」を利用して 育苗に成功したんだ
荻原さんの農家や 近隣だけでなく、

この方法は広く東北から全国各地の寒冷地農業に大変革をもたらして

冷涼地の稲作に光明をもたらしたんだんだって
前にボク ここで

この荻原豊次さんの息子さんが 旅行に出掛けられた先の温泉旅館で
たまたま


東北地方の農家の方と歓談された時 「 どちらからいらっしゃいましたか? 」となって
軽井沢の地名が出た時に

「 軽井沢と言えば 東北では保温折衷苗代の荻原豊次さんが知られていますよ 」と言われ
「 私の父です 」と答えて

大感激された というエピソードをお話したけれど、そのお宅の玄関前には
今でも古宿に当時、全国からの保温折衷苗代実習生の

研修施設の建物が残っているんだよ
当時の

苦節や功績を知っておくのもいいね