軽井沢の今日は ほぼ1日中 外気温予報が氷点下・・・ えっッ !
さすが 大寒だねぇ・・
夕べ これまで何回か呼んでもらえた 寒い夜に温かい飲み物と 昔話の夜話会
また 「 来る ?」 って声を掛けてもらえて
足元がカリカリ・・凍った路面の音がする玄関への小径を通って 仲良しの奥さんのお家に行けたんだ
お話はもう たけなわになっていて 寒い表と違いお部屋の中は熱気が・・
碓氷峠を越えて 峠町から今の旧軽井沢に下って来る 江戸時代の中山道の道筋の話題だそうな
今 すっかり観光シーズンの名物になった赤いボンネットバスが通る舗装道路じゃなく
二手橋を峠に向かって渡河して登り始めたあと どこかで
右手にそれる様に入って行くことが知られているけれど 夕べは熱心なふたりが
こうだ ああだと熱が入っていて
他の人は だまったまま、時々お茶を口にしたりしながら聞き入っている
男性のひとりが耳にして来たという情報では
見晴台方面に設けられている「 遊覧道 」が昔の中山道だったらしいと熱弁し
もうひとりが そうじゃないんじゃないかと反論し
時々、別の人がそれぞれ 知っていることや聞いた事がある昔話を差しはさんだりして
なかなか 活発なお話会になっていたんだな
ボクも 忘れる程前なんだけれど 高齢で前に亡くなってしまった優しいお爺さんから
昔話を聞いた時に言われたことを思い出していた
今から400年前から 150年以上前の 舗装じゃない自然道の山道の話なんだ
もし 長雨や今で言う自然災害で大きく崩れ落ちたり塞がったりしたら
今の様にブルトーザーなんかで ガンガン復旧出来るわけじゃない
季節もあるだろうし、人力だけで復旧できたかどうかナ・・
迂回出来る道があれば使っただろうし 新しい道筋に換えたかも知れない
街道というからには 人が一列で行儀よく通るばかりじゃない
馬も連れていたかもしれない 荷物も運んでいたかもしれない
それが 山道ですれ違う時には そういう場所も無ければならないだろう
人が歩ける幅があればそれでいいというもんでも無いんだな
誰かが こうだと言っても それひと筋で他の道はそうじゃないとか
ぜったいこっちだって言えないのが集落外れや山路なんだ・・お前はわかるだろう・・?
あの静かな 話の声と口調を思い出しながら目の前の熱弁のやり取りを聞いていた
この人の書いた本にはこう書いてあるから・・
昔の地図には こんな風に描かれているから・・
温かいお茶も 何回もお代わりをして 居た人が何かしら口を開いて聞いたり話したり
結論・・? それぞれが、それぞれに楽しんで また いつかこの続き・・
帰り道は 何回もブルってなる寒さだったけれど 楽しいお話会だったんだな