先日の講座のお話ですが・・・
果たして、カウンセリングは万全なのでしょうか?というお話がありました。
我が家ですが、小学校5年生でケン太が不登校になった時、校長先生から面談の申し出があり、夫婦で学校に向かいました。
教頭先生も同席された面談は、不登校になった経緯、状況把握、学校側に原因がなかったどうかの把握のためでした。
そして、校長先生は申し訳なさそうに、おっしゃいました。
「教師は不登校の知識がないので、どうしたらいいか分からないというのが正直なところです。」
「学校側は、スクールカウンセラーを紹介することぐらいしかできないんです。」
校長先生は、わりと最近まで、教育委員会にいらしたこともあり、不登校の実態についてはよくご存知でした。
復学できずに終わった例をたくさん見てこられたようです。
だからなのか「なんとかしたい」というような言葉はお使いになりませんでした。
今から14年前のことです。
その後、不登校の数が急増しているので、今とは違うかもしれません。
でも、当時は、学校に過度な期待をせずに済んだので正直に仰ってくれてよかったと思いました。
その後、スクールカウンセリングの予約をとってくださいました。
カウンセリングは混んでいて、一番早い日程で2週間後でした。
その後、月に2回のペースで予約ができました。
初回は・・・
自由にさせておいてください。
ゲームばかりでも、そのままにしてあげてください。
とりあえず様子をみましょう
その後、昼夜逆転は仕方ないとはいえ、12時までに寝れるといいですが・・・という理想の話もありましたが、
ほとんどが現状報告のみ。
3カ月経過した頃・・・
家庭だけでは難しいだろう。第三者との接触が必要な時期。
何か仕掛けたい。刺激を与えたい。
児童精神科の受診はどうですか?精神的な治療施設も整っています。
「もしかしたら学校へ行けるかも」という気持ちを引き出してくれるかもしれませんよ。
何か仕掛けたい。刺激を与えたい・・・が、病院の受診でした。
病院も紹介してくれましたが、予約できるは早くても2か月後とのことでした。
ケン太が病院を受診するなんて当時の状況から考えて100%無理だと思いました。
まず家から出れないのです。
家でもカーテンを閉め、音を最小限にして、自分の存在を気づかれないように過ごしています。
予約を入れたとしても、多分、ドタキャンするでしょう。
そもそも、予約を入れるという行為そのももを拒否されます。
勝手に予約を入れ、行くように仕向けたら、親子関係に亀裂が入るでしょう。
行くはずもない病院に予約は入れませんでした。
受診を期待して、さらに2か月も待つことは出来ませんでした。
気持ち的に行き詰ってしまいました。
特に進展もなく、対応的なものは示されないまま、すでに3カ月・・・
本人がカウンセリングを受けられるのなら、なにか気づきがあるのかもしれないけれど、
それが出来ないで、このままカウンセリングを続けることに意味があるのか・・・
ただ悪戯に時が経つだけでは?
本人抜きのカウンセリングに限界を感じました。
後で知ったのですが、
来談者中心療法の創立者である、ロジャースが
「人間はだれでも成長や適応や健康へと向かう根源的な力を持っている」と考えたことにより
「相談者が問題解決の主体である」がカウンセリングの原則となったようです。
相談者は解決する力を持っている。それを引き出すのがカウンセリング。
あくまでも本人に気づきを与えることが目的であるので、アドバイスはしない。
・・・これがカウンセリングです。
だから具体的なアドバイスを期待してカウンセリングを受けると、ただ、話を聞いてくれただけという印象になってしまうんですね。
ただ、本人に自己実現できる力が果たしてあるのか?
例え力があっても、そこに行きつくまでには時間がかかる。
実際に私の知っている方は、不登校の相談をしたら「まだ2年じゃないですか」と言われたらしいです。
「4,5年は当たり前・・・」と言われ、「そんなに待てない!」と。
学生には時間がない。学生が終わってしまいます。
それに家にいることにより、二次的弊害が出てしまい、ますます状況が悪くなってしまう子もいる。
そんな子が、4,5年待てるものなのだろうか。
待っていたら本当に動き出せるのだろうか・・・
長い間、動けなかった子の気持ちが変わり、動き出そうとした子がいるそうです。
すでに学生時代は終わっていたので、社会人としてスタートです。
就活で面談を受け続けたそうですが、10社受けてもひとつも受からない。
長い空白の時間のことを聞かれるわけです。
どうしても懸念材料となってしまう。
動き出そうと思っているのに、動き出す場所が見つからない。
メンタルが堕ちてしまい、また家に引きこもってしまったそうです。
動き出すまでと待っていた時間が、社会が求めている?学生時代の貴重な経験を奪うことにもなってしまうかもしれません。
「待つ」ことで動き出せる子がいるのは確かです。
でも「待つ」ことが最善とは言えないと思います。
やはり、その子によると思うので。
待っているだけで果たしていいのか・・・と、今の状態を解決していこうという動きがでてきます。
不安や心配があるのなら、認知行動療法で「認知の歪み」を解消していこうと。
ロジャースの自己実現論は、あくまでも、ロジャースの考えであって、なんのエビデンスもないそうです。
最近、注目されているのが「ポジティブサイコロジー」
心のポジティブ(プラスの感情)に着眼する新しい心理学の分野だそうです。
従来の心理学が不安や悲しみ、うつ等のマイナスの感情に焦点をあて、それを解決しようとすることを目的としていたのに対し、ポジティブサイコロジーは、人間がも本来もっている「強み」や心の「プラス面」に着眼しているとのこと。
どの子にも「強み」があり、得意をすることがあるので、そこを認めて伸ばしてあげるということ。
これまでは「自己肯定感」が持てるように・・・だったのを、「自己効力感」を持てるようにする。
つまりは「自信を持たせる」ですね。
「自己効力感」が高まると、優越感を強く抱けるようになり、ある分野において自分が十分な能力を有しているという認識に背中を押され、行動できるようになるそうです。
本人の「気付き」もそこに焦点があてられるのなら、いいですね!
以前、「地の時代」から「風の時代」に変わったと書きましたが、
これぞ、まさしく「風の時代」の到来ですね!
これからの時代は目に見えるものから見えないものに価値を置く時代。
年功序列の縦社会から横社会に。
得意分野を活かすことのできる「個性の時代」へ。
これからは「風の時代」を意識した生き方が重視されていくのだと思います。
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果たして、カウンセリングは万全なのでしょうか?というお話がありました。
我が家ですが、小学校5年生でケン太が不登校になった時、校長先生から面談の申し出があり、夫婦で学校に向かいました。
教頭先生も同席された面談は、不登校になった経緯、状況把握、学校側に原因がなかったどうかの把握のためでした。
そして、校長先生は申し訳なさそうに、おっしゃいました。
「教師は不登校の知識がないので、どうしたらいいか分からないというのが正直なところです。」
「学校側は、スクールカウンセラーを紹介することぐらいしかできないんです。」
校長先生は、わりと最近まで、教育委員会にいらしたこともあり、不登校の実態についてはよくご存知でした。
復学できずに終わった例をたくさん見てこられたようです。
だからなのか「なんとかしたい」というような言葉はお使いになりませんでした。
今から14年前のことです。
その後、不登校の数が急増しているので、今とは違うかもしれません。
でも、当時は、学校に過度な期待をせずに済んだので正直に仰ってくれてよかったと思いました。
その後、スクールカウンセリングの予約をとってくださいました。
カウンセリングは混んでいて、一番早い日程で2週間後でした。
その後、月に2回のペースで予約ができました。
初回は・・・
自由にさせておいてください。
ゲームばかりでも、そのままにしてあげてください。
とりあえず様子をみましょう
その後、昼夜逆転は仕方ないとはいえ、12時までに寝れるといいですが・・・という理想の話もありましたが、
ほとんどが現状報告のみ。
3カ月経過した頃・・・
家庭だけでは難しいだろう。第三者との接触が必要な時期。
何か仕掛けたい。刺激を与えたい。
児童精神科の受診はどうですか?精神的な治療施設も整っています。
「もしかしたら学校へ行けるかも」という気持ちを引き出してくれるかもしれませんよ。
何か仕掛けたい。刺激を与えたい・・・が、病院の受診でした。
病院も紹介してくれましたが、予約できるは早くても2か月後とのことでした。
ケン太が病院を受診するなんて当時の状況から考えて100%無理だと思いました。
まず家から出れないのです。
家でもカーテンを閉め、音を最小限にして、自分の存在を気づかれないように過ごしています。
予約を入れたとしても、多分、ドタキャンするでしょう。
そもそも、予約を入れるという行為そのももを拒否されます。
勝手に予約を入れ、行くように仕向けたら、親子関係に亀裂が入るでしょう。
行くはずもない病院に予約は入れませんでした。
受診を期待して、さらに2か月も待つことは出来ませんでした。
気持ち的に行き詰ってしまいました。
特に進展もなく、対応的なものは示されないまま、すでに3カ月・・・
本人がカウンセリングを受けられるのなら、なにか気づきがあるのかもしれないけれど、
それが出来ないで、このままカウンセリングを続けることに意味があるのか・・・
ただ悪戯に時が経つだけでは?
本人抜きのカウンセリングに限界を感じました。
後で知ったのですが、
来談者中心療法の創立者である、ロジャースが
「人間はだれでも成長や適応や健康へと向かう根源的な力を持っている」と考えたことにより
「相談者が問題解決の主体である」がカウンセリングの原則となったようです。
相談者は解決する力を持っている。それを引き出すのがカウンセリング。
あくまでも本人に気づきを与えることが目的であるので、アドバイスはしない。
・・・これがカウンセリングです。
だから具体的なアドバイスを期待してカウンセリングを受けると、ただ、話を聞いてくれただけという印象になってしまうんですね。
ただ、本人に自己実現できる力が果たしてあるのか?
例え力があっても、そこに行きつくまでには時間がかかる。
実際に私の知っている方は、不登校の相談をしたら「まだ2年じゃないですか」と言われたらしいです。
「4,5年は当たり前・・・」と言われ、「そんなに待てない!」と。
学生には時間がない。学生が終わってしまいます。
それに家にいることにより、二次的弊害が出てしまい、ますます状況が悪くなってしまう子もいる。
そんな子が、4,5年待てるものなのだろうか。
待っていたら本当に動き出せるのだろうか・・・
長い間、動けなかった子の気持ちが変わり、動き出そうとした子がいるそうです。
すでに学生時代は終わっていたので、社会人としてスタートです。
就活で面談を受け続けたそうですが、10社受けてもひとつも受からない。
長い空白の時間のことを聞かれるわけです。
どうしても懸念材料となってしまう。
動き出そうと思っているのに、動き出す場所が見つからない。
メンタルが堕ちてしまい、また家に引きこもってしまったそうです。
動き出すまでと待っていた時間が、社会が求めている?学生時代の貴重な経験を奪うことにもなってしまうかもしれません。
「待つ」ことで動き出せる子がいるのは確かです。
でも「待つ」ことが最善とは言えないと思います。
やはり、その子によると思うので。
待っているだけで果たしていいのか・・・と、今の状態を解決していこうという動きがでてきます。
不安や心配があるのなら、認知行動療法で「認知の歪み」を解消していこうと。
ロジャースの自己実現論は、あくまでも、ロジャースの考えであって、なんのエビデンスもないそうです。
最近、注目されているのが「ポジティブサイコロジー」
心のポジティブ(プラスの感情)に着眼する新しい心理学の分野だそうです。
従来の心理学が不安や悲しみ、うつ等のマイナスの感情に焦点をあて、それを解決しようとすることを目的としていたのに対し、ポジティブサイコロジーは、人間がも本来もっている「強み」や心の「プラス面」に着眼しているとのこと。
どの子にも「強み」があり、得意をすることがあるので、そこを認めて伸ばしてあげるということ。
これまでは「自己肯定感」が持てるように・・・だったのを、「自己効力感」を持てるようにする。
つまりは「自信を持たせる」ですね。
「自己効力感」が高まると、優越感を強く抱けるようになり、ある分野において自分が十分な能力を有しているという認識に背中を押され、行動できるようになるそうです。
本人の「気付き」もそこに焦点があてられるのなら、いいですね!
以前、「地の時代」から「風の時代」に変わったと書きましたが、
これぞ、まさしく「風の時代」の到来ですね!
これからの時代は目に見えるものから見えないものに価値を置く時代。
年功序列の縦社会から横社会に。
得意分野を活かすことのできる「個性の時代」へ。
これからは「風の時代」を意識した生き方が重視されていくのだと思います。
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