里の家ファーム

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映画「こどもしょくどう」

2018年04月14日 | 映画

ハフポストBLOG 2018年04月12日

 子ども食堂はなぜ広がったのか? 
背景を描く映画「こどもしょくどう」、「火垂るの墓」の日向寺太郎監督が製作

    1人でご飯を食べたりしている地域の子どもたちのために始まった取り組みが、なぜ今の日本でここまで広がったのか

   いまや全国で2200カ所を超える子ども食堂。家でおなかをすかせていたり、1人でご飯を食べたりしている地域の子どもたちのために始まった取り組みが、なぜ今の日本でここまで広がったのか――その背景を描く映画「こどもしょくどう」が2018年冬の公開に向けて、クラウドファンディングに取り組んでいる。「火垂るの墓」などの作品で知られ、本作の監督を務める日向寺太郎さん(52)に話を聞いた。

 映画「こどもしょくどう」は、ある子ども食堂ができるまでの物語だ。小学生のユウトは、食堂を営む両親、妹の4人で暮らしている。幼なじみのタカシは、親がほとんど家におらず、典型的なネグレクト(育児放棄)の家庭。ユウトの両親はそんなタカシのことを心配し、タカシを食堂に招き夕食を振舞っていた。ある日、ユウトとタカシは、河原で父親と車上生活をしている姉妹に出会う。数日後、姉妹の父親が2人を置いたまま失踪。住まいにしていた車も壊され、行き場を失ってしまう...。

 「実際の子ども食堂はすばらしいと思っています。だけど、劇映画としてはいい人ばかりだと人間の幅が狭くなってしまって、おもしろくない。ある種の教育映画的なものにはしたくなかったんですよね。結果、子ども食堂ができるまでを子どもたち目線で描く映画になりました。取り立てて悪人が出てくるわけではないんですけど、親に捨てられた姉妹が出てくる。その親にも事情はあるんだと思いますが、子どもや観客にとっては『なんて親だ』と思うんじゃないかと」

 プロデューサーから話を持ちかけられたのは2015年ごろ。既に子ども食堂がメディアに採り上げられ始めていた。日向寺さんたちは、子ども食堂の名付け親とされる人が始めた食堂にも足を運び、構想を練った。原作はなく、オリジナルの話だ。

  「提案を受けたとき、初めはドキュメンタリーの企画かと思いました。ドキュメンタリーだった場合、実際の子どもたちの内面に入るのは難しいというか、不可能かもしれない。でも、劇映画だと言われて、『これは面白くできるなあ』と思いました。劇映画となると、発想を自由にして子ども食堂を描ける。もともと子ども食堂のシステムはバラバラです。週1回のところがあれば、隔週のところもある。料金も300円だったり、無料だったり、やっている場所もお店だったり、教会だったりする。でも新しいところを作るとき、みんな子ども食堂という名前をつけている。これが別の名前だったら、やっていることは同じでも広がりは全然違ったと思いますね」

   「今の社会は血縁、地縁といったいろんな共同体が崩れ、関係性が薄れていっている。そういう中で子ども食堂がやろうとしていることは血縁じゃないですよね。地縁ではあるかもしれないけれど、それだけではない新たな関係を作っている。そのきっかけ、萌芽みたいなものをこの映画では描きたい。他人の子どもを育てる、共同保育ができるというのは、人間を人間たらしめている大事な要素の一つだと思うんです。人が人と出会うこと、人が人を思うことによって、人は変わりうるということを一番描きたいと考えました」

   2017年秋に撮影を終え、現在はクラウドファンディングで映画につける音楽を作るための費用を募っている。制作を依頼する「Castle In The Air」は、日向寺さんが監督をした「火垂るの墓」で映画音楽を手掛けた音楽ユニットだ。

「なぜか私は子どもの映画のときにギターがイメージされるんですよ。ピアノも楽器としては好きなんですが、今回の場合はピアノの音じゃ強いなあと思ったんです。映画から音楽を思い浮かべたり、音楽から映画を思い浮かべたりすることがあるでしょう? 例えば、『禁じられた遊び』『ゴッドファーザー』『戦場のメリークリスマス』...今回の映画も、そういう音楽がほしいなあと思っているんです」

   「子ども食堂を一過性のブームで終わらせることなく、子ども食堂が広がっている根本的な問題を考え続けてもらいたいという思いを込めて、この映画の企画を始めました。子どもたちには、今の社会に責任はない。その社会で子どもが追い詰められている。それを作ったのは大人ですから、次世代にどういう社会を残せるか、大人が考えなくちゃいけないことだと思う。今回のクラウドファンディングも含め、いろんな形で、この映画のことを知ってほしい。映画に参加していただいて、よりこの作品に興味を持ってもらいたい。子ども食堂という名前であちこちに広がっていったように、クラウドファンディングに参加した方が、それぞれの思いでこの作品を広げてくださればいいなあと思います」

 映画は2018年冬の公開を目指している。出演は藤本哉汰、鈴木梨央、吉岡秀隆、常盤貴子ら。

 


   雪解けが進まない。昨夜から今朝にかけても氷点下。週間天気予報を見ると最低気温が氷点下以下になる日はなくなった。⛄マークも明日☂マークと並んで出ているが、それ以降は今のところなくなった。融雪が進むのは15℃以上が必要だ。


ドキュメンタリー映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』

2017年06月24日 | 映画

子どもへの投資利益はアメリカ株式市場より高い!
親の貧困問題の現実「いのちのはじまり」

     ウーマンエキサイト - 2017年6月24日

   いま子育て奮闘中の現役父母の現場の声と、乳幼児教育に関する専門家のアドバイスなどが収められているドキュメンタリー映画『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』。

   育児のヒントをくれるテキストとしての役割を持つとともに、重大な未来への提言も行われています。それはこれからの社会の根本に関わること。よりよい平和な社会を築こうと思ったら、きちんと子どもたちの権利を守る社会を作らないといけないということです。

■「将来の夢がない」と答える世界の子どもたちの現実

   映画の後半で、切実に訴えるのは貧困が子どもに及ぼす影響。たとえば、ひとりで幼い妹弟のめんどうをみる小学生の少女に、「“将来の夢”は?」と聞く場面があります。少女の答えはひとこと「夢はない」。

   それを受け、作品はこう続けます。「危険な環境や厳しい状況で生きる子どもたちは、たまに悪い日があるのではなく、年中それが続くと思う。そのような状況下ではポジティブな対話は成立せず、大きなストレスがかかる」と。さらにこうした状況下では、「うつ病や薬物乱用、深刻な精神疾患などになるリスクが高まる」と警鐘を鳴らします。

   こうした調査結果を踏まえた上で、作品が示すメッセージは「これからの未来を築くであろう子どもたちの未来を守ることが、最終的に豊かな社会を築く礎になること」。

   ある人はインタビューで訴えます。「育児をするのは政府でも施設でもない、人間が子どもを育てるのです。大事なのは大人が子どもに必要なものを与えてあげること。ただ、いまの社会は、それを訳あってできない親を処罰することはあっても、助けようとしない」。

さらにこう続けられます。「子どもを助けるには、まず親を助けなくてはならない。育児に仕事に頑張っている人は不平等に思うかもしれない。“それができない人の責任まで負えない”と。ただ、長い目でみたとき、自分の子どもが将来良い人生を送るには、社会に尽くす人間が同世代にどれだけいるかが重要なんです」と。こういわれると思わずだれもが納得するのではないでしょうか。

■子どもへの投資は、アメリカの株式市場よりも高い

   子どもの未来を守ることについて、ユニークな研究報告も。いかにもアメリカらしい研究なのですが、乳幼児に1ドル投資した場合の利益を調べたそう。

すると結果は、1ドル投資すると生涯7ドルが戻る計算になったとのこと。これはアメリカの株式市場よりもずっと高いリターン率だそうです。くわえて、犯罪は減り、社会の不平等も軽減するとの結果も出ているということから、乳幼児の投資はいいことずくめ! 作品では、「子どもへの支援は、よりよい社会への投資」と訴えます。

   こうしたリポートを耳にすると、私たちを取り巻く子どもたちの環境を当てはめて考えずにはいられません。とくに、子育て世代にとっては無視できないのではないでしょうか?

   ひとりの子を持つ親として自分もこれまでの経験を振り返ると、「保育園に入れる」ただこれだけで、どれだけの労力を必要としたことか…。待機児童問題は、相当以前からあるはずなのに、いっこうに解消されていない。最近のニュースを見ても、子どもをめぐる状況はいい方向へ向かっているとはいいがたいのではないだろうか

   日本では、毎日の食べ物がない、戦争により生死があぶない。こういったことはないかもしれません。それでも、所得格差による教育格差問題は、社会問題となっています。

   選挙で子育て支援や教育の充実はよく公約にあがる。でも、本当に実行されているかといったら、正直かなり疑問が残るのが現実ではないでしょうか。

   保育園の増設を訴えて、実際に保育園の開設が予定されても、周辺住民の反対運動が巻き起こって白紙に戻ってしまう。公園で子どもがちょっと大きな声を出しただけで、区役所に苦情が寄せられる。身の危険や周囲の反感を恐れてマタニティマークをつけない妊婦が増えている現状など、日本のあちらこちらで子どもをめぐる“現在”が次々と浮かびあがります。

   もう少しだけ「子どもに理解を示す寛容な社会に日本はなれないのか?」と、考えずにはいられないのは自分だけではないはずです。この作品が子どもの未来について考えるきっかけになってくれることを切に願います。

 『いのちのはじまり:子育てが未来をつくる』

2017年6月24日(土)アップリンク渋谷、ユジク阿佐ヶ谷、7月1日(土)よりCINEMA Chupki TABATA、横浜シネマリン他にて全国順次公開

公開記念トークショー(6月24日~7月1日)開催

公式サイト:http://www.uplink.co.jp/hajimari/(http://www.uplink.co.jp/hajimari/)


 

 人間は一人一人異なった個性を持っています。能力もまたさまざまです。こうした人間の不平等を「平等」と認識できるためには何が必要でしょう?格差のない社会で、競争より共同が基本となるような経済的に充足されていること。でしょうか!

 


原節子さん死去:「…騒がないでと」

2015年11月26日 | 映画

   ご冥福をお祈りいたします

「わが青春に悔いなし」より。YouTubeなどでまだ多くの作品を見ることができます。

毎日新聞 2015年11月26日 00時49分(最終更新 11月26日 01時18分)

 小津安二郎監督の「麦秋」「東京物語」、成瀬巳喜男監督の「めし」など名作映画に数多く出演し、神秘的な美しさと気高さで日本を代表する女優として活躍した原節子(はら・せつこ、本名・会田昌江=あいだ・まさえ)さんが、9月5日肺炎のため死去していたことが25日分かった。95歳。

 神奈川県鎌倉市の原さんの自宅には多くの報道陣が詰めかけた。インターホンを通して取材に応じたおいの熊谷久昭さん(75)は、心境を問われると「95歳ですからね……。でも亡くなる前日まで意識ははっきりしていました」と名残惜しそうに語った。8月中旬まで熊谷さん方の敷地内にある別宅に住んでいたが、容体が急変して横浜市内の病院に入院し、9月5日に亡くなったという。また、3カ月間公表しなかったことについて、熊谷さんは「『騒がないようにしてくれ』と本人に頼まれていた」と説明した。葬儀は済ませ、東京都内に埋葬したという。【因幡健悦】

 ◇映画監督の山田洋次さんの話

 原節子さんが亡くなったなどという知らせを聞きたくありません。原節子さんは美しいままに永遠に生きている人です。半分は神様と思って手を合わせます。


 

 その美しさから映画ファンに鮮明な記憶を刻んだ原節子さんが亡くなった。42歳で映画界から引退した後はマスコミを一切シャットアウト、一市井人として過ごした後半生だった。 

 原さんの女優としての魅力を最大限に引き出したのが、小津安二郎監督(1903〜63年)だった。出演した小津映画は6本。いずれも数々の映画賞に輝いた作品だが、原さんはその中で「もう一人の女性」を鮮やかに生きてみせた。

 小津監督が原さんを初めて起用したのは「晩春」(49年)。「原さんを見たとたん、ボーッと小津さんの頬が赤く染まった。『節ちゃんて美人だなア』。小津さんはあとでそういった」(「小津安二郎−−人と仕事」より製作の山本武さんの証言)。原さんは当時29歳。美しさの絶頂期だった。小津監督は「彼女のように理解が深くてうまい演技をする女優は珍しい」と演技力も高く評価した。

 「晩春」から「麦秋」(51年)へと、原さんは「紀子」という役名で、嫁いでいく女性を演じた。彼女の結婚話を巡って、家族の亀裂が徐々に明らかになっていく筋立てだった。「麦秋」で映画賞を総なめした51年11月、小津監督は日記に次のように記した。「このところ原節子との結婚の噂(うわさ)しきりなり」。しかし、うわさだけ。2人とも最後まで独身を貫いた。

 小津映画の3本目が、最高傑作の定評がある「東京物語」(53年)だ。原さんは、同じ「紀子」ながら、戦争で夫を亡くした若い女性にふんした。亡き夫の父周吉の役が、笠智衆さん(93年死去)。上京してきた周吉夫婦が、実の子供たちに冷たくされる中で、血のつながりのない紀子だけが温かく義父母に接する。原さんは輝くような美しさだった。

 「紀子」時代は3本で終わり、「東京暮色」(57年)を経て、「秋日和」(60年)と「小早川家の秋」(61年)では、「秋子」に役名が変わった。両作品とも、秋子は随分前に夫を失い、再婚話が持ち上がるけれど、最後に1人で暮らすことを選んでいる。

 東宝専属の原さんを松竹映画に起用するのは、5社協定のある当時は大変だったが、小津監督はそれを実現させた。映画の中で原さんに1人で生きることを選ばせたのは、監督の思いからだったのかもしれない。

 原さんは引退後、鎌倉の自宅に引きこもったが、小津監督の墓参は続けた。写真週刊誌やテレビのワイドショーで隠し撮りされてから、ますます人目を避けるようになり、庭にも出なくなった。しかし、「永遠のマドンナ」を懐かしむ映画ファンは多く、86年には引退後24年ぶりに写真集が発行され、好評だった。

 ともあれ、原さんの優れた個性と魅力は、これからも小津フィルムなどの中で生き続ける。(客員編集委員・高橋豊)


映画「ひまわり」を観た。

2013年05月01日 | 映画

 長塚京三の渾身の演技が光ってた。さすが名優である。能年玲奈さんの

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熱演も良かった。沖縄言葉から東北訛りへと大変であったろう。彼

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氏役の須賀健太、ようやく思い出した。「ALWAYS三丁目の夕

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日」で茶川さんの「養子」役の子どもだった。もうこんな大きくな

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ったのかとびっくり。いい映画でした。全編に流れる

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音楽も素晴らしかった。沖縄民謡からロックまでもっと聴いていた

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いと思った。エンディング曲はロック調で足がリズムをとってい

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た。若者が「ひまわり」のバトンを受け継いだ。


映画『ワーカーズ』

2013年02月04日 | 映画

映画紹介

みんなで働くみんなで生きる
~あたらしい 働
き方 のはなし~
  「小さな共生社会」をつくる新しい働き方
              スカイツリーの下で繰り広げられる 
               まちの人々とワーカーズコープの物語
成果主義・効率優先・格差・貧困が
すすむなか、働くことに生きがいを
持てない時代。
 それでも国は経済成長を最優先
課題として拡大再生産を繰り返し
、グローバル化に突き進んでいき
ます。 働く場を求めても他人と比べられ、選別され、未来への希
望が見出せなくなっている若者たち。いつどうなるかもわからない
非正規雇用の蔓延。
そして居場所さえ失う人たちと、
大きな不安が私たちを覆って
います。
 このような時代、私たちは何
を求め、未来をみつめていく
のでしょう。
世の中のめまぐるしい変化の中で、あらためて人と人、地域、
社会との結びつきを再生することが求められています。
自分たちの明日を自分た
ちで耕しはじめている人々
がいます。
ワーカーズコープ=労働者、
使用者という区別はなく、経
営方針から具体的な仕事ま
で、一つ一つをみんなで決めていく…ちょっと面倒臭い、けど、
てんてこ舞いしながら話し合いを繰り返すなかで、「イキガイ」
や「キズナ」が育まれます。
 どこかにある桃源郷ではなく、
いまいるところで、地域の人と
支え、支えられ、未来を耕し、
培うもの…地域の中に溶け
込んで、こころを合わせ、力
を合わせ、助け合って働いて
いく。そこには新しい時代にむけてのかすかな光への芽生
えがありました。
【ワーカーズコープとは…?】
一人一人が出資し、平等な立場
で事業、経営に参加できる働く
者の協同組合。つまり各々が
経営者であり労働者。地域に
必要とされている仕事を協同の
力でおこし、必要な資金も自らで集め、事業計画、報酬等全て
を合議制で決め、全員が経営にも責任を持つ。協同組合の理
念・原則のもとで社会連帯を求める「協同労働の協同組合」で

かすかな光へ

2012年03月08日 | 映画

 教育研究者 大田堯(おおた・たかし)氏(東京大学名誉教授・日本子どもを守る会会長・日本教育学会会長など歴任。93歳)の映画『かすかな光へ』の上映会と、お話を聞ける機会が今日ですが、ありますのでご案内いたします。

 新日本婦人の会滝川支部主催の今年の国際女性デーの取り組みとして開催されます。

Oota

     内発的な遊び。よろこびによる遊び。これには自然が必要。人間が生るための、大きな役割を、自然が果たす。

 自らの力で変わっていく。これが生きものの力。生きものはみな変化する。

自然ほど優れた教師はいない。 
自然がなくなり&テレビや映像、標本、絵本などで情報が頭に入っているため、人は「驚き心(センスオブワンダー)=探求欲、感じたがる、知りたがる」が育ちにくくなった。

 「いちりん」の会員には是非参加していただきたい企画です。


わが青春に悔いなし

2012年01月06日 | 映画

 「目のさめるような若葉の京都吉田山野毛、糸川達大学生七人組とその師八木原教授とその奥さん、そして一人娘の幸枝などにとって今日は楽しいピクニックであったのだが、折からの陸軍演習の機銃音にその自由の夢も奪い去られた。時、昭和八年、満州事変を契機に軍閥の帝國主義的侵略の野望強行のため、この自由学園京都帝国大学も、ファッショの強圧に敗れなければならなかった。八木原教授は象牙の塔を追放され、常識家の糸川は残留、野毛は大学を去って左翼運動へいつしか踏み込んでいた。幸枝は、秀才型で社交家の糸川より、熱烈な行動派の野毛に対して何かギラギラ眼の眩むような生活があるような気がしていたのであったが、刑を終えて出獄した野毛の転向ぶりには落胆せざるを得ない彼女だった。昭和十六年、学園を追われた八木原は今では民間無料法律事務所を開設していた。幸枝は東京に自活の道を求めて上京したが、計らずも今は検事となった糸川に逢い、野毛の出京していることを知らされた。野毛は中国研究に名を借りて反戦運動に没頭していた。自己の信念に悔いなしと改めて野毛に面会した幸枝はお互いに信じ合う仲となり楽しかるべき同棲も束の間、野毛は国際スパイの汚名のもと検挙された。幸枝も毒いちごと称する特高警察のあらゆる屈辱に堪え愛人野毛のために戦った。ある日、上京した八木原は野毛のために弁護人に立つことを請願したが野毛事件の担任検事糸川の口より野毛の獄死したことをもたらされ愕然とする。野毛は未決にあるうちスパイの汚名のもとに病死したのだ。この嘆きを包みかくして幸枝は良人亡きあと田舎で百姓をしている野毛の両親の下に走った。そこで目撃したものは何か?「スパイの家」と村民の罵倒と、迫害のなかに蹶つ気力もなく呻吟している野毛両親一家であった。それでも彼女は戦った。雨の日も大風の日も老母と共に野良に出て馴れぬ鍬を握った。が、無法な村の人は彼女等が折角植え終わった苗をむしり撤いた。それでも彼女は全身を只一つ野毛に対する誠のため打ち続けた。そして彼女は野毛の墓参りに尋ねに来た糸川を追い返す強さの女となっていた。そして、自由甦る日、昭和二十年の終戦となった。八木原教授は京大拍手のうちに、再び自由の学園に復帰した。この喜びに京都へ帰って来た幸枝は、父に、母に理解を求め地に足のついた野毛の農村へ未来を求めて再び去って行く。思い出の吉田山を通り過ぎた。野毛の真価も一般に認められて来た。現在、幸枝は数々の思い出を顧みつ我が青春に悔いなしと叫びたい気持ちでいつまでも思い出の吉田山に佇んでいた。」

  皆さんはご覧になったことありますか?黒澤明監督、原節子主演の昔の映画です。私はこの原節子さんに魅了されました。すごい女優さんだと思いました。額に汗して鍬を振る。その汗を泥だらけの手でぬぐうシーンがアップされます。圧巻です。とても美しいのです。今年もまたレンタルしてきました。



映画「アンダンテ~稲の旋律~」上映会を終えて。

2011年10月28日 | 映画

 皆さんありがとうございました。3回の上映でしたが、2回目3回目は定員数を超える盛況振りでした。定時制の高校生も見てくれました。羽幌、札幌からも来て下さいました。当事者青年も母親と来てくれました。本当にありがとうございました。
 私は試写会に次ぐ2回目の鑑賞でした。1回目には感じなかったものがこみ上げてきました。上映会に取り組んでよかったと思います。スタッフの皆さんごくろうさまでした。
 券を買ってくれたのに見にこれなかった人がたくさんいます。残念です。
 映画の感想など是非書き込みしてください。よろしくお願いします。

主題歌
https://www.youtube.com/watch?v=4B6_roiJxtc


映画「アンダンテ~稲の旋律~」の上映成功のために。

2011年10月26日 | 映画

 いよいよ映画上映日が近づきました。もう1声かけて、参加を広げてください。お願いします。
いまTPPが問題になっています。効率の悪いものは捨てられてもいいのでしょうか?それは人間社会にも言えることでしょう。
日本は、世界的にも生物多様性の社会です。これが大規模農家だけの経営になったらどうでしょう?その地域の生物の種類が多いということはその地域の自然環境が良好であるということです。それは人間社会にも言えることです。私の農法も微生物の多様性が鍵です。農業の持つ多面的性格の一端をこの映画でご確認ください。

主題歌
https://www.youtube.com/watch?v=4B6_roiJxtc


映画『アンダンテ~稲の旋律~』上映のご案内。

2011年10月06日 | 映画

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 この映画は、食・農・大地を通して人間を再生する物語である。人はそれぞれの生きかたの中で、転機に立つときがある。そんなときに自然の大きな包容力の中で自分自身を再生することがある。人と食・人と農業・人と大地(自然)を見つめなおす映画です。ぜひ見てください。わたしたち「いちりんの花」の活動の目指すものです。


たまごを割りに来ました!

2011年09月12日 | 映画

 「たまごは割らなければオムレツは作れない。」

 「山は山を必要としない。だけど人は人を必要とする。」

映画「アンダンテ」。駅に張られた駅長さんの標語です。千華の想いが晋平に届かず、また閉じこもろうとする。そこに晋平の農業の先生(松方)が訪ねて来て、男と女を超えた関係ができている、それを大事に育てようと。駅に降り立ち、駅長さんに言った言葉である。


映画『アンダンテ~稲の旋律』本上映成功のために。

2011年09月06日 | 映画

 この映画を多くの人に見ていただくことは「いちりんの花」の活動を理解してもらうよい機会となるでしょう。是非成功させたいものです。そのためにも、会員が試写会に参加し、本上映に向かって欲しいと思います。参加は無料です。整理券はありますが、なくても見ることができます。そして翌日に開催される1周年記念収穫祭にお誘いし、こちらも大きく成功させたいです。ブログ読者の皆さんも参加してください。

試写会 9月9日(金)19:00(18:30開場) たきかわホール(JR滝川駅前)