減税のしっぺ返しは庶民に来る
AERAdot 2023/10/31
「所得減税・給付は5兆円規模に 政府の4万円減税案 非課税世帯は7万円給付」
日経電子版10月24日配信の記事の見出しだ。
岸田文雄首相が前日23日の所信表明演説で「経済、経済、経済」と連呼し、「現世代の国民の努力によってもたらされた成長による税収の増収分の一部を公正かつ適正に還元する」と述べたが、その具体的内容について報じたものだ。
世界中が、コロナ禍とウクライナ紛争の影響で歳出を拡大したために悪化した財政をどう立て直すかに苦心している最中に、公的債務は対GDP比261%で世界ダントツの借金大国である日本が、円安を放置して、さらなるばらまきに猛進している姿は、もはやまともな先進国には見えない。諸外国は、日本の国民は、もう何をやっても経済破綻は避けられないと諦めて、最後の宴を楽しんでいるのかと思うだろう。今の日本は、それくらい理解不能なメチャクチャな世界に突入しようとしている。
円安による物価高とガソリンなどのエネルギー価格高騰に喘ぐ庶民を助けると言いながら、岸田首相がぶち上げる予定の経済対策には、さらなる円安とインフレを進める政策が並んでいる。
そもそも、今の日本には「景気」対策はいらない。17日配信の本コラム(「2350億円の無駄では済まない『大阪万博』 中止こそが日本を救うと断言できる3つの理由」)でも指摘したとおり、日本はこれまでの需要不足から、需要と供給がほぼバランスする状況に至った。そこに政府が人為的に需要を上乗せするとどうなるか。
当然のことながら、需要超過となってインフレは加速し、人手不足にも拍車がかかる。その対策の原資は「成長の果実である税収増」だと言うが、日本の財政は多少の増収ではとても均衡しない大赤字が続いている。対策でばらまきをすれば、しなかった時と比べて国債がその分さらに増加する。
政府の借金の利息支払いが増えると困るので、日銀は金利の上昇を抑えなければならず、そのために国債を大量に買い取る。金利は上がらないから円安状況は改善できない。少子高齢化や産業競争力喪失に悩む日本が財政赤字を無制限に増やすつもりだとなれば、「日本売り」のさらなる円安が激化するのは時間の問題である。
それは今もインフレに苦しむ庶民と原材料高と人手不足に苦しむ飲食店などを含む内需型企業にさらなる打撃を与え、「円安地獄」の火に油を注ぐことになるだろう。
一方、さらなる円安は、外貨建て資産に投資している富裕層を喜ばせ、トヨタなどの輸出企業に濡れ手で粟の利益をもたらす。先日出会ったある80代の女性には、「外貨建て投資をしているから、インフレも心配ないわ。円安はむしろ嬉しいの。外貨資産で儲かって、それで海外旅行を楽しめるからね。古賀さんも早く外貨建て投資しなさいよ。早くしないと後悔するわよ」と忠告された。
その時気づいたのは、賢い金持ちは円安を望んでいるということだ。庶民とは完全に逆である。
岸田首相はまた、年末までと予定していたガソリンや電気・ガス料金向けの補助を延長すると表明したが、この政策は、レクサスに乗ってガソリンを大量消費しながら週末にはゴルフや旅行を楽しむというような富裕層に多大な恩恵をもたらす。もちろん、温暖化対策には完全にマイナスだ。
日本の財政状況や需給ギャップの解消と物価高騰という状況を考えれば、本来は、需要創出のための対策は必要ない。減税もガソリン、電気・ガス代補助もやめるべきだ。
一方、働いているのに三度の食事もままならない母子家庭があるというような状況は放置できない。そのため、広く薄くの減税や給付はやめて、真に困窮している層に限定して、より手厚い支援をすべきだ。
また、欧州諸国で行われているように、円安でボロ儲けしているトヨタや資源エネルギー高で儲ける企業などに「棚ボタ税」をかけて貧困者対策の原資の一部とすることも必要だ。
それにしても、自民党による無責任な経済政策が続くのはなぜなのか。その最大の原因は、政治家の間に財政再建などどうでも良いという風潮が広がっていることだ。
「これだけ庶民が苦しんでいるのだから、思い切り財政出動するのは当然だ。そんな時に財政規律などという話をするのは、財務省の手先に違いない」という声は、自民党だけでなく野党の間からも聞こえる。
国債はいくら発行しても最後は政府には通貨発行権があるから心配はいらないとか、国債は政府の債務だが国民の資産だから足せばゼロだとか、日銀は政府の子会社みたいなものだから両者を合わせてみれば、国債のネット(純債務)の残高は半分になるとか、色々な説がまことしやかに主張されているが、そんな理屈は世界では全く通用しない。日本のバカな政治家が叫んでいるだけだ。日本の政治は完全にガラパゴス化している。
現に、今や、円安が止まらなくなり、インフレで実質賃金は大幅に下がっている。これは安倍政治以来続く構造的現象だ。国民はどんどん貧しくなっているのだ。
そして、最底辺の人々がその皺寄せを被っている。現在の円の価値は、実質実効為替レートという尺度で見ると、50年以上前の1ドル=360円の固定相場の時代を下回ったというのだから驚きではないか。つまり、ドルだけでなく世界中の通貨に対して、円は史上最低の水準に落ちている。それは、日本の国力を映したものだ。折しも、IMFが2023年に日本のGDPがドイツに抜かれて世界第4位に転落するという予測を公表したが、日本の凋落を象徴するものだ。
日本はもう豊かな国ではない。だから、豊かな生活ができないのはある意味当たり前だ。
それなのに、生活が苦しいから減税しろ、給付金をよこせとお上におねだりする国民。こんな悲惨な財政状況にしたのも円安で輸入インフレを招いたのも、もちろん自民党の政治なのだが、その自民党の長期政権を無批判に容認してきたのは、私たち国民だ。だらしない野党もまたその共犯と言って良いだろう。
自分の周りを見回してみれば、普通の人は、自分より可哀想だという人を見いだすことができるだろう。そういう時は、まず、その可哀想だと思う人にお金が回るように政府に要求すべきだ。自分が先に豊かになるのではなく、最底辺の人たちをまず助けるのだ。もちろん、そうした資金さえ国にはないというのが現実である。ならば、我々が我慢して減税などを諦め、その分を回してもらうしかないはずだ。
減税や給付を求めたいなら、まずは、その原資として、軍拡や大企業向けの減税措置などは見直せと要求すべきだ。金融所得の分離課税などの金持ち優遇税制もなくせと声を上げることも必要だ。そちらの方には関心を向けずに、ただただ、金をよこせというのはあまりに無責任な態度ではないか。
そう考えると、私たちがなすべきことは、税や給付金だけの議論ではなく、政権交代の議論であることに気づく。なぜなら、自民党政権が続く限り、日本をここまでどん底に落としながらなおも、自分の支持層である金持ちと大企業が得をする政策を頑なに守り、彼らが損をする政策は絶対に実施できないからだ。結局、選挙前にアリバイ作りのばらまきでお茶を濁され、そのための国債発行による円安とインフレの皺寄せを庶民が受けるということが続く。
庶民のための政治を行うには、まずは政権交代をしなければならない。その上で不公平税制を正し、財政再建も目指す。その際、これまでの歳出のプライオリティを根本から修正することが重要だ。それによって、税金が真に庶民のため、将来の日本のために使われるという確信を国民に与えることができれば、増税への反対は一気に和らぐだろう。
また、軍拡予算を減らせば、政府は何がなんでも戦争をしないために必死の外交努力を行うようになるはずだ。
よく考えると、税制も予算も国会で決めるものだが、間接的には国民に決める権利がある。言うことを聞かない議員は落選させる力が国民にはあるからだ。これまでは、その権利を平気で捨てている国民も多かったのだが、そんな人たちには、生活が苦しいから金をくれという権利はない。
だが、真に国民のための政治を行う政権への交代を実現するのは難しい。一足飛びにはいかないだろう。
何よりも、まずは国民が現状を正しく認識し、ばらまきを望めば将来その何倍ものしっぺ返しが来るということを理解することから始めなければならない。その上で、なんとか生活していける国民は、改革に伴う多少の困難は我慢し、真に貧しい人たちを優先する政策を支持しなければならない。そういう考えの人が増えて初めて、それにこたえる野党議員が増える。そして、その先に政権交代が見えてくるのだ。
これに失敗すれば確実に、国民は円安とインフレの暴風にさらされ、今日とは比べものにならない地獄の苦しみを味わうことになる。
問題は、スピードだ。
政権交代による正しい政策の実現と経済破綻のどちらが早いか。
ここ1年程度の政治が私たちの生死を決めると言っても過言ではないと思う。
それまでわれわれの生活が持つか?
キシダ政権が持つか?