
(見出し画像は、公式HPに掲載の桶川飛行学校平和祈念館の画像です)
今日はとても良いお天気で、自転車日和です。
こんな日は、荒川をサイクリングです♪
桶川の辺りですが、河川敷には広ーく飛行機の練習場があり、
ホンダヘリポートの他にも遊覧用のヘリポートもあります。
大勢のスカイダイビングを楽しむ人たちが点々と見えています。
現代の空を楽しんている人たちのすぐ近くに、
戦時中の様子に思いをはせることのできる施設があります。
旧陸軍飛行学校桶川分教場跡です。
画像の左の樹の向こうに見えているのは、桶川の太郎右衛門橋です。
しばらく改修工事をしている様でしたが、再度公開をしている様で、
今の名称は
「桶川飛行学校平和祈念館」となっています。
入り口横に駐車場があり、
駐輪のためのバーもありますので、サイクリストが立ち寄りやすいです。
昨年2020年8月にオープンしたらしいです。
それまでは、実際の建物のままで、今にもどうにかなりそうな老朽化した建物でした。
展示物は生々しく、化けて出てきそうな雰囲気だったんですけどね。
門を入ってすぐ左の建物は、
守衛室です。
右は建物跡。
奥に進むと、
車庫棟です。
ものづくり大学の方たちが、強力してくださったんですね。
ピット作業用のくぼみも。
この施設についても案内されています。
兵舎棟です。
入り口横に事務所があり、消毒や名前の記載を求められます。
スリッパに履き替えて展示室を回ると、
展示室を回っていくと・・・、
実際に使われていたものも展示されています。
寄宿室の様子です。
頭と足が交互に逆向きになっています。
大宮に中島飛行機製作所の工場があった・・・、
後のスバルですね、今、スバルの会社があるところなのでしょうか?
この写真の方、
桶川上空で2度旋回して、家族に別れを告げたのですか・・・。
今は、多くのスカイダイビングを楽しむ人たちか点々と見える、あの同じ空を。
ヘリコプターやスカイダイビングで轟音ですが、当時はどんな音が響いていたのでしょう。
展示物はこの部屋までで、最後の一室は公開されていません。
こちら、トイレ?
手洗い所は昔ながらの蛇口です。
中に入ると、
展示用!!
再現した、便所棟だったんですね。
ここも、建物跡です。
当時から生えている、同じ樹々なのでしょうか。
この施設は、戦後はどのように使われていたのでしょうか。
夫の調べたところによると、戦後は引き上げてきた人たちの住まいとして使われ、
平成19年になって最後の方が出て行かれました。
そして、その後は資料展示をしていたのですが、老朽化のため閉鎖、
昨年8月のオープンとなったようです。
つい、最近まで住まいとして利用されていたとは!!
休日はヘリコプターの音が響いているところに、こんな場所があったのですね・・・。
昼食は、近くの大木うどんに立ち寄ってみました。
自転車を停める場所がないので、店の裏に置きました。
手打ちのスペースです。
肉汁うどん。
鴨汁うどん。
ここは、太いうどんか名物なのですが、細い方を選びました。
それでも、ツルツルと頂くものではなく、お団子の様な食感でした。
小麦粉の味わいを楽しむのだそうです。
では、立ち寄った桶川飛行学校平和祈念館については、桶川市の公式HPより少し抜粋いたします。
公式HP : https://www.city.okegawa.lg.jp/shisei/chumokujigyo/7979.html
場所はこちらです。
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平和祈念館について
桶川飛行学校平和祈念館は、当時の熊谷陸軍飛行学校桶川分教場の建物を活用し、平和を発信し、平和を尊重する社会の実現、及び地域の振興に寄与するための施設として、2020年(令和2年)8月4日に開館しました。
熊谷陸軍飛行学校桶川分教場は、1935年(昭和10年)に現在の熊谷市に開校した熊谷陸軍飛行学校の分校として1937年(昭和12年)に設置されました。各地から集まった生徒はここで寝食をともにしながら、陸軍航空兵になるための飛行機の操縦教育を受け、その後戦地へ向かいました。
戦後、桶川分教場の建物は、引揚げ者のための市営住宅「若宮寮」として使用されました。2016年(平成28年)には、守衛棟、車庫棟、兵舎棟、便所棟、弾薬庫の5棟が市の文化財に指定され、2018年(平成30年)から2020年(令和2年)にかけて、これらの建物について復原整備工事を実施しました。
利用案内
開館時間
午前9時から午後4時30分まで
休館日
月曜日(祝日の場合はその翌日休館)
毎月末日(日曜日の場合は開館)
年末年始(12月27日から1月5日まで)
入館料
無料
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