虹の向こうに

4人の子どもの父親をしています。
リバ剣、段位は三段。
なぜか少年野球の監督してます。

子育て支援のあり方(案)

2007年01月29日 | ひとりごと
ヤナギサワっていう厚生労働相の発言が問題になってます。

「子どもを産む機械・装置の数は限られてるんだから、一人頭で頑張ってもらうしかない」


ま、言わずもがな、最低な発言です。

大臣も釈明はしてますけどね、釈明すりゃ何言ってもいいってもんじゃないし、発言に注意しなさい、という前に、意識改革をしなさいというレベルです。


案の定、女性蔑視だとたたかれています。

たしかに、女性を「産む機械・装置」扱いしているのは大変問題で、しかも暗に「たくさん産んでくれ」と言わんばかりなのも問題ある。

それに、「産む・産まない」、「何人産むか」は夫婦が決める、プライバシーに関わる問題だし、産みたいのに産めない事情を抱えたケースだってあるんだから、そういう点でも無神経だ。


でも、もう一点、陰に隠れた?論点にも着目したい。


それは、「子どもを産む」=「女性が頑張る」という観点。

この観点から政策を考えると「だから女性を支援する」形になる。

でも、それでいいのかな?


もちろん、実際に出産するのは女性にしかできないけれど、がんばるのは男性にもできるはず。いや、がんばらねばならない。

そのことがけっこう抜けてる。


男性が育休を取ることはおろか、育児に積極的に参加することさえまだ浸透しきれていない部分が、日本の社会にはないだろうか?

権利としては男性の育休は認められているけど、その権利を堂々と行使できる環境ができていない。

男性が育児に積極的に関わる社会、男性の育児参加を積極的に推進する社会を作ることも、少子化対策には欠かせない論点だと思うんです。


もちろん、まだ不十分な女性の産育休制度の整備や育児しながら就労する環境の整備も不可欠。

雇用主に対しての養育者(男女を問わず)に対する産育休の取得と育児支援の義務化、その義務の行使に見合う労働力・資金などの面での援助の制度化を進めていく方向性は見いだされているのでしょうか?


福祉先進国の北欧各国の取り組みなど参考にして、児童福祉国家・日本を築き、「これなら子どもを産んでも大丈夫」と誰もが思える社会を目指してくれたらなぁ、と思う次第です。

まとまってないけど・・・