物造庵 ものつくりあん ナラ(楢崎賢)

ものつくり人「ナラ(楢崎賢)」による
絵や作品の制作過程、自作詩の発表、その他徒然…

田口フミヒト 小林ヤスタカ 今野オサム 『骨折映画館 〈死闘編〉 〈平成頂上作戦〉』

2021年09月18日 09時04分17秒 | 徒然のこと


ボギーさんから借りて読みました。
田口さんが映画を観まくってその感想をメールでやりとりした内容を本にまとめたもの。邦画限定。
今となってはほぼ不可能になってしまった「なんの予備知識もないまま映画を観て感想を述べる」という実験的な取り組みでもある。
おもしろかった。でもただおもしろいだけじゃなくて、田口さんの書く文章には切っ先も切れ味も鋭い箇所が散りばめられているので、油断できないという意味のおもしろさが強い。
急ピッチで読んだので、とりあえずの覚書を何箇所か。

愛のない「検索上手」のニセモノと、本当にその道にはまってしまった「マニア」を見分ける方法について。
「知ってることを言いたがるのがニセモノで、知らないことに興味を示すのがホンモノです。」
するどい。これって勉強の本当の面白さとまったく一緒。勉強は難しいからおもしろい、という話。答えを知っている勉強が面白いわけない。

「作品というのは個人の力で生み出せるものではまったくないとも思っています。……その作品を作ったのは世の中と歴史による部分が大半で、個人の才能や情熱による部分は本当に小さいということです。」
一応この文章は映画について語っていることではありますが、絵画でも音楽でも物語でも何でも「作品」と言われるもの全てに当てはまるのではないかと思います。
今の時代は「人」「個人」に注目が行きすぎて「作品」がある意味ないがしろにされているというこれまた鋭い考察。
僕も絵や音楽を作品として創り出す一人ですが、このことは忘れないように気を付けたいところです。
僕は自分で自分のことを天才だと思っていますが、自分よりも「作品」の方が重要だと思ってるし、後世に残したいとしたら「自分の名前」じゃなくて「作品」です。それも「自分の作品」ではなくて「誰かの作品」として世に残っていくのが一番嬉しいなと思います。理解されにくい考え方だと思いますけど。

「”平和”とは「ひとつになること」ではなく、それぞれがそれぞれの事情を許しながら、関わらざるを得ない部分では、お互いの様子を伺い合って、なんとか妥協しあうことだと思います。」
これは市川崑「東京オリンピック」の感想の中に出てきた言葉ですが、全く同意する平和論なのでピックアップ。

平成になってからの邦画も結構観た後のこの言葉。
「平成の映画は幼稚なんじゃなくて、老人なんです。」
がなんだか適切すぎ鋭すぎで笑った。
あと、ハリウッドは絶倫ジジイ、というのも笑った。表現がうますぎる。

感想を書いているほとんどの映画は僕自身は観たことがないもので、数が膨大すぎるので観るとしたらどこから観ようか途方にくれるところもありますが、
黒澤明
岡本喜八
山田洋次
の3人の監督作品は観てみたいなぁと思いました。
あと阪本順治監督作品「顔」。



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