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MLB ロサンゼルスドジャース 野茂英雄 16 ベースボールジャンパー

2024-07-17 17:11:00 | 日記
 今やロサンゼルスドジャースといえば岩手県奥州市出身の大谷翔平選手になります。
 その入団が決まった瞬間に頭をよぎったのがドジャースの先輩投手野茂英雄(のもひでお)さんの事でした。
 それは近鉄バファローズ時代(仰木彬監督)に岩手県営野球場にきた野茂英雄投手のトルネード投法を間近に見ました。
 それから数年後に渡米しロサンゼルスドジャース トミー・ラソーダ監督の元に入団しました。その後に二度のノーヒットノーラン、日米通算200勝の活躍を見せました。
 そのロサンゼルスドジャース時代の野茂英雄さんの背番号16のベースボールジャンパーが確かわが家にあったはずでした。
 何せ1995年当時、今から30年も前の事になります。しかし家中を探しても残念ながら見つかりませんでした。
 それが最近、家の中から枕カバーを探していたらその野茂英雄さんのドジャース時代の今では大変貴重なアメリカ製のベースボールジャンパーが箪笥の中から出てきました。
 とても30年前の物とは思えないような良い状態でした。
 今やレトロなビンテージデザインになるようです。やはり、何でもかんでも取っておくべき(笑)
 秋になったらこれを着てロサンゼルスドジャースの本拠地ドジャー・スタジアムにワールドシリーズを見に出かけられたらなぁ~
野茂英雄
目標、プロフィル 88年ソウル五輪で銀メダルを獲得し、89年ドラフト1位で仰木監督の近鉄に入団した。94年終了後、契約更改の席で大リーグ入りを直訴し任意引退選手になり、95年米大リーグのドジャースに入団した。日本人としては64、65年のジャイアンツ村上雅則以来、2人目のメジャーリーガーとなった。

 

 米国ではストレートとフォークを武器に活躍しメジャー1年目にオールスターで先発。シーズン13勝、236奪三振(リーグ1位)で新人王を獲得した。大きく上体をひねって投げる独特の投球フォームはトルネード(竜巻)の異名を取り、米国でも大きな話題となった。テレビ中継では三振を奪取するとアナウンサーが「サンシーン」と日本語で叫ぶシーンは日本でもたびたび紹介された。96年9月のロッキーズ戦と01年4月のオリオールズ戦でノーヒットノーラン(両リーグ達成は史上4人目)を達成。00、03、04年は開幕投手(2勝1敗)。05年6月にブルワーズ戦で日米通算200勝を達成した。

 

 所属チームはドジャース→メッツ→ブルワーズ→タイガース→レッドソックス→ドジャース→デビルレイズ(現レイズ)→ヤンキース(マイナー契約)→ホワイトソックス(マイナー契約)→ロイヤルズ。2008年4月にロイヤルズを自由契約になり、移籍先を探していた。

 

 日本での成績は139試合、78勝46敗1Sで防御率3・15、大リーグでは323試合、123勝109敗で防御率4・24。通算では462試合で201勝155敗1S。

 

 188センチ。右投げ右打ち。

 
 





 

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