京都府京丹後市の、亡くなった叔父のお悔やみをするため、
首・肩の痛みを抱えて日帰りで出かけたのは2月10日だった。
整骨院から帰って午前10時過ぎに、あわただしく家を出て、
バス、地下鉄を乗り継ぎ、大阪駅に着いたのは11時過ぎだった。
大阪から城崎温泉行きの特急に乗ると、2時間半余りで豊岡に着く。
そこから北近畿タンゴ鉄道宮津線に乗り換え、15分で久美浜だ。
この日本海に面した美しい町・久美浜に、亡くなった叔父の家がある。
予定を早めて家を出たので列車の時刻はわからないままだった。
しかし、ここでスマートフォンが大いに役立ってくれた。
「乗り換え案内」というアプリをダウンロードしていたので、
大阪駅に向かう途中で、乗換えを含めた時刻が全部わかった。
城崎温泉行き特急で、大阪11時11分発というのがあった。
しかし、間に合うかどうか…
大阪駅に着いてすぐにホームへ走ったら間に合いそうだったが、
乗車券もないし、指定席券も購入しなければならない。
次の12時11分発にしようと決め、みどりの窓口に向かった。
これに乗ると、久美浜には午後3時06分に到着する。
スマホを使って、帰りの時刻も検討してみた。
久美浜5時46分発の列車に乗り、豊岡から特急に乗り換えると、
午後9時に大阪に着く。10時半までには家に帰れるだろう。
しかし、みどりの窓口へ行くと、長蛇の列をなしていた。
「なんだ、これは…?」と立ちすくんでいると、
JRの制服を着た案内係らしき若い女性が近づいてきて、
「切符のご購入でございますか?」と声をかけてきた。
「はい。でも、すごい人ですねぇ」と僕がため息をつくと、
「自動券売機が空いておりますのでご利用ください」と言う。
見ると窓口の横に、何台かタッチパネルの機械が並んでいた。
「いや、でも、操作ができるかどうか…」と僕は尻込みする。
女性は「どうぞ」と、僕の困惑顔に対して笑顔で応えながら、
「わたくしがさせていただきますので、大丈夫です」と言った。
僕はスマホに保存していた列車時刻をその女性に伝えた。
まず、大阪~久美浜の往復乗車券。次に特急券。
「12時11分発…は『こうのとり9号』ですね。豊岡まで…」
と、タッチパネルを押しながら、指定座席表を表示すると、
「あっ」と言いながら女性は顔を曇らせた。
「申し訳ございません。指定席は満席でございます」
「えぇぇ~ 満席だって? じゃ自由席か。座れるかなぁ?」
「当駅の始発ではなく、新大阪発ですので、どうでしょうか」
そ~か。新大阪で、すでに自由席が満員になってしまったら、
大阪駅でホームの先頭に立って待っても座ることができない。
今も、立っていると左の首と肩や腕が、ズキ~っと痛むのだ。
席に座って楽な姿勢をとらなければ、長時間は耐えられない。
「困ったなぁ」と思案していると、女性は、
「グリーン車になさいますか?」と言った。
おお、そうだ、グリーン車があったのだ。ちょっと高いけど…。
でもこの際、お金のことなど言っていられない。
「それ、それ。グリーン車をお願いします」
「承知しました」と彼女はまたタッチパネルをピコンと押した。
「あ~、よかった。1席だけ、空いていました」
画面を見ると、座席図が出ていたが、ほんとだ…
車両の一番前のC席(一人掛け)だけが空いていた。
ほかの席は全部埋まっていた。
帰りの列車の指定席のほうは、ガラガラだったが、
その女性のおかげで無事に往復の切符を購入することができた。
しかし金曜日の午後…
なんでこんなに乗客が多いのだ?
…その答えは、たぶん「カニ」である。
僕が乗る列車は城崎温泉行きだから、
そこで今が旬のカニを楽しもうという乗客が多いのだろう。
城崎温泉は大阪からの「カニ旅行」が人気の観光地だもんね。
で、乗客のほとんどの人たちは城崎温泉カニ旅行だろうけど、
僕のほうは、バッグに香典袋と数珠を入れたひとり旅である。
グリーン車なので座席もゆったりし、膝にかける毛布もある。
僕は車両の一番前の一人掛けの席で、お弁当をあけた。
もちろん、その横に缶ビールを置いて…
福知山を過ぎると、窓の外は一面に雪景色となった。
2時43分。ほとんど誰も降りない豊岡駅でぽつんと降車して、
同じ構内にある北近畿タンゴ鉄道宮津線の西舞鶴行きに乗り、
従兄弟が迎えに来てくれている久美浜へ、予定時刻に着いた。
亡くなった叔父というのは、僕の母の妹の旦那さんだった。
享年81歳だったが、母の妹のほうは16年前に亡くなっている。
少年時代は夏休みのたびにこの久美浜へ遊びに来ていた。
だからこの日会ったほとんど人たちとは面識があるけれど、
なにせ大昔のことである。40年~50年ほど会っていない。
「のぼるちゃんか…?」と懐かしそうに声をかけてくれる人たち。
しかし、顔を見ても誰が誰だかわからない。
名前を聞いて、はじめて、
「あ、〇〇おばさんですか…?」とか
「え…? 〇〇ちゃんか…?」という具合だ。
当り前の話だけど、み~んな歳をとったなぁ…
亡くなった叔父はきれいな顔でお棺におさまっていた。
2時間ほどいると、もう帰りの列車の時刻が迫ってきた。
お通夜が始まる1時間前にその場を辞し、久美浜駅に向かった。
周囲が雪に覆われた道を歩いていると、体が固まるような気がした。
首と肩が、みしみしと痛む。早く家に帰ってごろんと寝転びたい。
無人の久美浜駅から列車に乗ると、間もなく、日が暮れた。
でも、長い長い一日は、まだ終らない。