前編の終わり。
「ちょっ・・・ちょっと待ってくれや」
の続きからです。
後編です。
今まで楽しそうにしていた彼女の、
突然の変わりように、
彼は少し、うろたえた。
「急に、何、言い出すかと思えば。
待て、アカン、泣かんといてくれ。
せっかく会えたのに、何、泣いてんねん。
オレ、なんか、したんか?」
彼女の顔を覗き込み、彼は、
決して大きくはない、その手のひらで、
彼女の頬を、そっと、包み込んだ。
泣きじゃくる彼女は、
絞り出すように、たったひとこと、
「さ・・・びし・・・い・・・」
どう言えば、彼に伝わるのか。
ありきたりな言葉だけで、
とめどない涙の理由を、
彼に理解してもらえるのか。
伝えたい思いは、ひとつなのに。
伝わらないもどかしさ。
彼の想いすら、感じとれなくなって・・・
どこで、間違えたの?
会えただけで、嬉しかったのに。
そばにいられるだけで、
それだけで、幸せだと、思ってた。
彼の笑顔のそばで、
微笑んでいたかっただけなのに。
彼にとって、
彼女に泣かれることほど、シンドイことは、なかった。
どうしていいか、わからない。
女の涙からは、逃げ出したくなる。
これまでだって、
こんなふうに泣かれるたび、
ああ、もう、アカンのか
と、
思い知らされて来たからだ。
泣かれても、
涙の理由に、解決の方法がないのは、
経験済み、だ。
こいつの望みを叶えてやることは、
きっと、オレには、出来ん。
伝えたいことは、山のようにあるけど・・・
彼は、必死に、言葉を飲み込んでいた。
『淋しいのは、お前だけと違う。
オレだって、いっつも一緒におってやりたい。
でも、この仕事続ける限り、それは無理なんや』
『不安がらせてるんは、わかってる。
オレだって、お前の気持ちが離れて行かへんか、
いつだって不安や』
『せやけど、いつも一緒におったら、わからんことだってある。
離れてるから、見えてくるもんだって、あるんちゃうかなあ』
『待っててほしいと思うんは、勝手がすぎるか・・・?
オレだけを見ててほしいと思うんは、我儘なんか』
『お前だけを好きやって気持ちに、
嘘はないんやけどな。
どうしたら伝わるんかが、わからん』
彼女の望む答えが、
彼にとっては、言い訳でしかないように思えた。
彼女が欲しい言葉も、
彼が伝えたい言葉も、同じだったのに。
彼は、言葉の代わりに、彼女を抱きしめる。
その細い腕の、どこに、そんな力があるのかと、思うほどに。
彼女は、その腕の中、
彼の呼吸と鼓動とに包まれて、
涙が涸れてしまうまで、
声を殺して泣き続けた。
泣くな、と、彼は言いながら、
彼女が泣く場所を与えてくれる。
彼の腕の中だけが、
彼女にとって、唯一の場所、だったのだ。
不安も、
淋しさも、
せつなさも、孤独も、すべて。
彼だけが、知っていてくれる。
彼だけが、癒してくれる。
だからこそ、
彼女は、笑顔になれる。
一人でいても、
一人でいるときこそ、
彼は、そばにいてくれる。
守ってくれる。
どんなに忙しくたって、
どんなに離れていたって、
二人のあいだの、距離も時間も、遠くはないと信じていたい。
今、
抱きしめられているみたいに。
こんな簡単なコト、
いまさら、
気がついた。
なんて、不器用なんだろう。
ふと、
彼の腕の力が優しくなって。
彼の額が、彼女の額に寄せられた。
「気ィ、落ち着いたか? 元気になったか?
ごめんな、どんなん、言うていいか、わからんし。
言葉、足らんよな・・・」
不器用なのは、彼も同じだ。
それに気づいたとき、
抱きしめられた温かさが、
手放したくない宝物に、変わった。
「アカン・・・がまん、出来ん」
?
せつなそうな声で、
彼女の耳元に、彼がささやく。
「したい。
場所、替えよ。早よ、二人っきりになれるとこ、行こ」
彼女は、つい、吹き出しそうになる。
「やっと、笑ったな」
見上げた視線の先に、
子供のように、いたずらっぽい笑顔の彼がいた。
もしかしたら、
この先、何度でも、不安は押し寄せてくるのだろう。
そして、そのたびに、
この、彼の笑顔に救われるのだ。
彼の瞳に映る、
たったひとつの真実さえ、
それさえ、
見失わなければ。
FIN.
「ちょっ・・・ちょっと待ってくれや」
の続きからです。
後編です。
今まで楽しそうにしていた彼女の、
突然の変わりように、
彼は少し、うろたえた。
「急に、何、言い出すかと思えば。
待て、アカン、泣かんといてくれ。
せっかく会えたのに、何、泣いてんねん。
オレ、なんか、したんか?」
彼女の顔を覗き込み、彼は、
決して大きくはない、その手のひらで、
彼女の頬を、そっと、包み込んだ。
泣きじゃくる彼女は、
絞り出すように、たったひとこと、
「さ・・・びし・・・い・・・」
どう言えば、彼に伝わるのか。
ありきたりな言葉だけで、
とめどない涙の理由を、
彼に理解してもらえるのか。
伝えたい思いは、ひとつなのに。
伝わらないもどかしさ。
彼の想いすら、感じとれなくなって・・・
どこで、間違えたの?
会えただけで、嬉しかったのに。
そばにいられるだけで、
それだけで、幸せだと、思ってた。
彼の笑顔のそばで、
微笑んでいたかっただけなのに。
彼にとって、
彼女に泣かれることほど、シンドイことは、なかった。
どうしていいか、わからない。
女の涙からは、逃げ出したくなる。
これまでだって、
こんなふうに泣かれるたび、
と、
思い知らされて来たからだ。
泣かれても、
涙の理由に、解決の方法がないのは、
経験済み、だ。
きっと、オレには、出来ん。
彼は、必死に、言葉を飲み込んでいた。
『淋しいのは、お前だけと違う。
オレだって、いっつも一緒におってやりたい。
でも、この仕事続ける限り、それは無理なんや』
『不安がらせてるんは、わかってる。
オレだって、お前の気持ちが離れて行かへんか、
いつだって不安や』
『せやけど、いつも一緒におったら、わからんことだってある。
離れてるから、見えてくるもんだって、あるんちゃうかなあ』
『待っててほしいと思うんは、勝手がすぎるか・・・?
オレだけを見ててほしいと思うんは、我儘なんか』
『お前だけを好きやって気持ちに、
嘘はないんやけどな。
どうしたら伝わるんかが、わからん』
彼女の望む答えが、
彼にとっては、言い訳でしかないように思えた。
彼女が欲しい言葉も、
彼が伝えたい言葉も、同じだったのに。
彼は、言葉の代わりに、彼女を抱きしめる。
その細い腕の、どこに、そんな力があるのかと、思うほどに。
彼女は、その腕の中、
彼の呼吸と鼓動とに包まれて、
涙が涸れてしまうまで、
声を殺して泣き続けた。
泣くな、と、彼は言いながら、
彼女が泣く場所を与えてくれる。
彼の腕の中だけが、
彼女にとって、唯一の場所、だったのだ。
不安も、
淋しさも、
せつなさも、孤独も、すべて。
彼だけが、知っていてくれる。
彼だけが、癒してくれる。
だからこそ、
彼女は、笑顔になれる。
一人でいても、
一人でいるときこそ、
彼は、そばにいてくれる。
守ってくれる。
どんなに忙しくたって、
どんなに離れていたって、
二人のあいだの、距離も時間も、遠くはないと信じていたい。
今、
抱きしめられているみたいに。
こんな簡単なコト、
いまさら、
気がついた。
なんて、不器用なんだろう。
ふと、
彼の腕の力が優しくなって。
彼の額が、彼女の額に寄せられた。
「気ィ、落ち着いたか? 元気になったか?
ごめんな、どんなん、言うていいか、わからんし。
言葉、足らんよな・・・」
不器用なのは、彼も同じだ。
それに気づいたとき、
抱きしめられた温かさが、
手放したくない宝物に、変わった。
「アカン・・・がまん、出来ん」
せつなそうな声で、
彼女の耳元に、彼がささやく。
「したい。
場所、替えよ。早よ、二人っきりになれるとこ、行こ」
彼女は、つい、吹き出しそうになる。
「やっと、笑ったな」
見上げた視線の先に、
子供のように、いたずらっぽい笑顔の彼がいた。
もしかしたら、
この先、何度でも、不安は押し寄せてくるのだろう。
そして、そのたびに、
この、彼の笑顔に救われるのだ。
彼の瞳に映る、
たったひとつの真実さえ、
それさえ、
見失わなければ。
FIN.
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