長かったぁ(笑)
ベースになったのは、やすばの写真とLIFEのPVです。
ただ、当初の妄想は、これと全く違ったお話だったように思うのですが、
書いていくうちに、彼女の姿だけが消えてしまいました。
何しろ、物語のあらすじを立ててから書きはじめる人ではなく
いつも、登場人物が動くのを待ってから言葉にするので、
書きあがるまで、終わりが見えない。
今回の終わりも、途中で浮かんだ締めのシーンとは、違ってますし。
(といっても、それは私にしかわからないけど・・・)
行きあたりばったりな妄想書きです(笑)
いつものことですが、
モデルとなってる人はいますが、すべてフィクションであり、妄想以外の何物でもありません。
お付き合いくださる方は、続きから。
携帯からですと、少々、読みにくいこともあるかと思われます。
可能であれば、PCから読まれることをお勧めします。
STORY.37 ムラサキ
濃い闇が、徐々に姿を消してゆく。
薄い光が、次第に力を増してくる。
あやふやな空の色。
夕焼けの紅ほどに寂しくない、
朝焼けの朱ほどに鮮やかでない、
一瞬の、紫。
その色の中へ、彼女は溶けて行った。
俺は、彼女の手を離してしまったのだ。
もう、取り戻せない。
泣いている彼女を、俺は、どうすることもできなかった。
帰る、とつぶやいた彼女が戻ってくる場所は、俺のところ以外にない、
と思い込んでいた。
「あなたは音楽以外を愛せないから」
去り際、俺を見上げた彼女。
「音になれなくて、ごめん」
彼女が謝る理由が分からなかった。
「なに言うてるん?」
寂しそうに微笑う彼女は、それきり、何も言わなかった。
「行くね」
背を向けた彼女が、小走りに走りだす。
あとに残った、薄い香り。
いつだったか、俺が贈った花の香り。
追いかけることすらせずに、
ただ、小さくなる彼女の後姿を見つめて立ち尽くしてた。
「なあ、このあと、なんかある?」
仕事終わり。
俺は隣にいたメンバーに話しかける。
「ん? あとは帰って寝るだけやで」
荷物を片しながら、俺を見もせんと、そいつは言った。
「ふううん」
「ふうん、て、おまえ、何? なんぞあるんか」
バッグを肩に担ぐようにして持つと、俺を振り返った。
「いや、あの、メシでもいかへんかな、と思うて」
「お前から言うなんて珍しいな」
「あかんか」
「別にアカンて、言うてへんで。珍しく回りくどい誘い方するな、思うただけやん」
「回りくどかったか」
「あのな。それ、メシの誘いちゃうやろ。なんか話したいことあんねやろ」
「・・・・・・」
「ああ、ええわ、ええわ。つきおうたる。二人きりでメシも、久しぶりやし」
相変わらず、もの分かり、ええな。
「で、何、食う? 特にないんやったら、俺のよぉ行くとこでええか?」
「あ、出来れば酒・・・」
「ほれみ。メシちゃうやん。飲むんはええけど、ちゃんと食うてるやろな」
「お前は、俺のオカンか。食うてるよ、そら」
「余計なことやったな。ちゃんと作ってくれるコ、おったもんな。
・・・っていうか、今日はええんか?」
「・・・・・・」
「何、黙ってる・・・」
「・・・・・・」
「は? わっかりやすいなぁ。ややこしいことなってんのか」
「ややこしくは、ない」
結論はもう出てる。
今更、どうしようもない、ってな。
ただ、聞いてほしいっていうか、
話したい、っていうか。
「ふん。ほな、酒やな。この時間やったら・・・うん。あそこがええわ。行こ」
誘ったん、こっちやぞ、って言いかけて、止めた。
全部を言わんでも、そこそこ分かってくれるって、すごいことやな。
「で?」
運ばれてきたビールで、まずはのどを潤す。
苦い泡が身体に沁み込んでゆく。
「で?って言われてもやな」
俺は、皿の枝豆を手に取る。
「どっからどう・・・」
「どっからでもええで?話したいとこからで」
付き合いの長いそいつは、俺を急かすこともせんと、
自分が頼んだつまみに箸をのばし、
ゆっくりとそれを口に運びながら、「うまいな、これ」とつぶやいている。
「大切なもん、失くしてもうた」
「大切なもん、て、例の彼女か」
「・・・ん」
「上手くいってたんと、ちゃうの」
「上手くいってる、ってのがよう分からんけど。たぶん、いってたと思う」
「喧嘩したとか、は?」
「そんなん、あらへん」
「なかったん?」
「ん・・・」
「いっこも?」
「いや、そら、付き合い初めの頃はあったで?せやけど、最近は」
妙に、そいつはうなづきながら、
「それがあかんかったんとちゃうの」
こともなげに言った。
「え、なんで?」
俺は聞き返す。
「男と女の喧嘩ってのは、コミュニケーションやで」
「せやけど、喧嘩なん、したくないやん。気分悪いやろ、お互い」
「そうかなぁ」
そいつは納得がいかないように、また、ビールを口に運ぶ。
「違うん? する? 喧嘩」
「する」
「え、するん?」
「あたりまえやん。あ、喧嘩言うても、そら派手なヤツちゃうけどな。ちょっとした言い争いくらいはあるよ」
「あー、あるんや。俺、アカンわ。めんどくさいねんもん」
「めんどくさい、て、何なん」
「たとえば、ぐわ~って向こうが文句言うたりするやん。
それもたいてい、いっつも同じことがきっかけやったりすんねん。
時間守らへんかったとか、メール返してこぉへんとか、
どこにいてた、休みに何してた、何食べたとか、な。
そんなのに、いちいち理由考えて言い訳したり説明したりすんのが面倒やねん。
分かれや、いい加減、って思うてまうわ」
「そんだけ心配されてるってことやがな」
そいつは片方の口元で笑った。
「あんなぁ、彼女、大切なんと違うん」
「大切やで。大切やったから、俺も心配かけんように、と思うてやな」
「ん・・・何してやったん」
「朝いちで、メールだけ送っててんぞ」
「ほう、なんて?」
「おはよう、今日は仕事」
「そんだけ?」
「他に、何送るん?」
「あほや・・・」
また、笑いやがった。
「えー、なんでなん」
「ちょこっと甘い文句でも入れといたったら良かったんちゃう?」
「そんなんさぁ・・・恥ずかしいいやろ」
「恥ずかしがってどないすんねん。自分の彼女やろ」
「そうやけど」
「実際には、もっと恥ずかしいことやってするやん」
いきなり、何言い出すん、こいつ。
「そら、逢えばするよ」
俺も、アホや。
なに真面目に答えてんねん。
「だろ? ほしたら、メールにちょこっと付け足すくらい簡単に出来たんとちゃうの」
「う~・・・・・ん」
「目で見える言葉、って大事やと思うで。耳で聞く言葉って、消えてくやんか」
目で見える言葉、
耳で聞く言葉、か。
「音になれなくてゴメン、て言われた」
「なにそれ」
俺は、グラスを一気に空にする。
「最後、別れる時。俺、音楽以外愛せへんねんて」
「あー・・・」
「音になれなくて、ごめん、て謝られた」
「音・・・な・・・」
「意味、分からへんねん。そんなこと言われても」
「まあ、言わんとすることは、分からんでもないか・・・」
「なんで俺に分からんのに、お前に分かるん」
「んあ? そら、おまえ・・」
言いかけて、そいつは、俺をまじまじと見た。
「もう、何年や?」
は?
急に何言い出してんねん。
「俺と、お前。最初に出逢ってから、何年になる?」
「中学の、最後の年やから、13・・・14年?」
「長いなぁ・・・」
「ああ、長いな」
それきり、俺らは口をつぐんだ。
空になるグラスの数だけ、互いの記憶を数えているかのようだった。
合間、合間には、いろんなことがあった。
喧嘩も、数えきれんくらいした。
それこそ、人には言えんような、くだらないことで。
「誰にかて、天職いうんはあるんやなあって、おまえ見てると思うわ」
「ちょ、なに、それ」
くすぐったさに、思わず、苦笑う。
「自分、分からへん?」
「さっぱり、わからん」
「歌ってる時の、お前、こう、なんていうんやろ、お前やけどお前ちゃうねん」
「俺は、俺やで」
「そんなん、わかってるよ。じゃなくて・・・」
「なくて、なに?」
「音楽に馴染んでるっていうか、歌そのものっていうか、・・・でっかく見えんねんな」
いやいやいや。
「いっつもちっさい言うてるくせに」
「茶化しなや。真面目に言うてんから」
「お、・・・おん」
「いつからかなぁ、歌だけで勝負に出るんはしんどそうやなぁって思いだしたん」
「誰が? おまえが? なんで?」
「なんでって訊くか」
「そんなん、知らんやん」
「なんでやろな」
「おい」
「つまりさ。
普段はちっさくて、知らん人の前に出たら、どこにいてるかわからん位に黙りこむお前がさ・・・
ステージに立って歌い出したら、めっちゃデカく見えんねん」
「おだてても、なあんも出んぞ」
「おだててるんとちゃうがな。
一番近いとこで、ずっと歌うお前を見て来た俺の、感想やん。
メンバーの、他の誰に聞いたって、きっとおんなじこと言うと思うわ。
・・・俺は、歌ってもんに馴染んでるお前が羨ましかったな」
「俺から見たら、しゃべれるお前が羨ましいけどな」
ちょこっとの間。
次の瞬間、吹き出して笑う男ふたり。
「ないもんねだりや、お互い」
「そやな。
せやから、その彼女の気持ちが分からんでもないねん。
・・・その、『音になれなくてゴメン』ってやつ?
お前、歌うん、好きやろ?
音楽がなかったら、生きてかれへんやろ」
「大げさなもの言いすんなや。・・・・・・せやけど、そうかもしれん」
「逆に言うたら、や。お前には音楽があったらええってことや」
「いやいや、そこ、逆にするか? 逆もまた真なりってことは、ないぞ」
「でも、彼女はそう思ったんやろ。音と同じくらい、お前に愛されたかった・・・」
「愛してた・・・つもりやったんやけどなあ。
大切に、思ってたんやけどな・・・伝われへんかったんや・・・」
「不器用やからな」
「うまいこと彼女に伝えられてるお前を尊敬するわ」
「さあ、俺かて伝わってるかどうかはわからへんで」
「なんや、自信無くなってきたわ。俺、ずっと一人なんかもわからん」
「ま、それもええんちゃう?」
「人ごとだと思いやがって」
「焦らんでも、そのうち、ちゃああんと現れるって。音楽に魅せられた男を分かってくれる女が、さ」
「音楽に魅せられた、か」
水辺で自分の影に恋した妖精のように、
俺も、自分の音をそこに追い求めて、音の泉を離れられんくなるんやろうか。
水音がする。
ぽたり、ぽたり、
耳元で不規則なリズムを奏でる。
それをメロディーにかえようと耳を澄ます。
五線譜に連なっていく音符が、次から次へと現れては消える。
次第に水音が増し、俺は音符を追い切れなくなっていく。
音符は水滴に変わり、俺の上に降り注ぐ。
身体中が濡れていく感覚に襲われる。
耐えきれずに身体を起こし、目を開ける。
ゆるやかに広がる、薄い闇。
窓辺で、
夜と朝とがすれ違う。
一瞬の紫。
俺は、俺であり続ける。
FIN.
ベースになったのは、やすばの写真とLIFEのPVです。
ただ、当初の妄想は、これと全く違ったお話だったように思うのですが、
書いていくうちに、彼女の姿だけが消えてしまいました。
何しろ、物語のあらすじを立ててから書きはじめる人ではなく
いつも、登場人物が動くのを待ってから言葉にするので、
書きあがるまで、終わりが見えない。
今回の終わりも、途中で浮かんだ締めのシーンとは、違ってますし。
(といっても、それは私にしかわからないけど・・・)
行きあたりばったりな妄想書きです(笑)
いつものことですが、
モデルとなってる人はいますが、すべてフィクションであり、妄想以外の何物でもありません。
お付き合いくださる方は、続きから。
携帯からですと、少々、読みにくいこともあるかと思われます。
可能であれば、PCから読まれることをお勧めします。
STORY.37 ムラサキ
濃い闇が、徐々に姿を消してゆく。
薄い光が、次第に力を増してくる。
あやふやな空の色。
夕焼けの紅ほどに寂しくない、
朝焼けの朱ほどに鮮やかでない、
一瞬の、紫。
その色の中へ、彼女は溶けて行った。
俺は、彼女の手を離してしまったのだ。
もう、取り戻せない。
泣いている彼女を、俺は、どうすることもできなかった。
帰る、とつぶやいた彼女が戻ってくる場所は、俺のところ以外にない、
と思い込んでいた。
「あなたは音楽以外を愛せないから」
去り際、俺を見上げた彼女。
「音になれなくて、ごめん」
彼女が謝る理由が分からなかった。
「なに言うてるん?」
寂しそうに微笑う彼女は、それきり、何も言わなかった。
「行くね」
背を向けた彼女が、小走りに走りだす。
あとに残った、薄い香り。
いつだったか、俺が贈った花の香り。
追いかけることすらせずに、
ただ、小さくなる彼女の後姿を見つめて立ち尽くしてた。
「なあ、このあと、なんかある?」
仕事終わり。
俺は隣にいたメンバーに話しかける。
「ん? あとは帰って寝るだけやで」
荷物を片しながら、俺を見もせんと、そいつは言った。
「ふううん」
「ふうん、て、おまえ、何? なんぞあるんか」
バッグを肩に担ぐようにして持つと、俺を振り返った。
「いや、あの、メシでもいかへんかな、と思うて」
「お前から言うなんて珍しいな」
「あかんか」
「別にアカンて、言うてへんで。珍しく回りくどい誘い方するな、思うただけやん」
「回りくどかったか」
「あのな。それ、メシの誘いちゃうやろ。なんか話したいことあんねやろ」
「・・・・・・」
「ああ、ええわ、ええわ。つきおうたる。二人きりでメシも、久しぶりやし」
相変わらず、もの分かり、ええな。
「で、何、食う? 特にないんやったら、俺のよぉ行くとこでええか?」
「あ、出来れば酒・・・」
「ほれみ。メシちゃうやん。飲むんはええけど、ちゃんと食うてるやろな」
「お前は、俺のオカンか。食うてるよ、そら」
「余計なことやったな。ちゃんと作ってくれるコ、おったもんな。
・・・っていうか、今日はええんか?」
「・・・・・・」
「何、黙ってる・・・」
「・・・・・・」
「は? わっかりやすいなぁ。ややこしいことなってんのか」
「ややこしくは、ない」
結論はもう出てる。
今更、どうしようもない、ってな。
ただ、聞いてほしいっていうか、
話したい、っていうか。
「ふん。ほな、酒やな。この時間やったら・・・うん。あそこがええわ。行こ」
誘ったん、こっちやぞ、って言いかけて、止めた。
全部を言わんでも、そこそこ分かってくれるって、すごいことやな。
「で?」
運ばれてきたビールで、まずはのどを潤す。
苦い泡が身体に沁み込んでゆく。
「で?って言われてもやな」
俺は、皿の枝豆を手に取る。
「どっからどう・・・」
「どっからでもええで?話したいとこからで」
付き合いの長いそいつは、俺を急かすこともせんと、
自分が頼んだつまみに箸をのばし、
ゆっくりとそれを口に運びながら、「うまいな、これ」とつぶやいている。
「大切なもん、失くしてもうた」
「大切なもん、て、例の彼女か」
「・・・ん」
「上手くいってたんと、ちゃうの」
「上手くいってる、ってのがよう分からんけど。たぶん、いってたと思う」
「喧嘩したとか、は?」
「そんなん、あらへん」
「なかったん?」
「ん・・・」
「いっこも?」
「いや、そら、付き合い初めの頃はあったで?せやけど、最近は」
妙に、そいつはうなづきながら、
「それがあかんかったんとちゃうの」
こともなげに言った。
「え、なんで?」
俺は聞き返す。
「男と女の喧嘩ってのは、コミュニケーションやで」
「せやけど、喧嘩なん、したくないやん。気分悪いやろ、お互い」
「そうかなぁ」
そいつは納得がいかないように、また、ビールを口に運ぶ。
「違うん? する? 喧嘩」
「する」
「え、するん?」
「あたりまえやん。あ、喧嘩言うても、そら派手なヤツちゃうけどな。ちょっとした言い争いくらいはあるよ」
「あー、あるんや。俺、アカンわ。めんどくさいねんもん」
「めんどくさい、て、何なん」
「たとえば、ぐわ~って向こうが文句言うたりするやん。
それもたいてい、いっつも同じことがきっかけやったりすんねん。
時間守らへんかったとか、メール返してこぉへんとか、
どこにいてた、休みに何してた、何食べたとか、な。
そんなのに、いちいち理由考えて言い訳したり説明したりすんのが面倒やねん。
分かれや、いい加減、って思うてまうわ」
「そんだけ心配されてるってことやがな」
そいつは片方の口元で笑った。
「あんなぁ、彼女、大切なんと違うん」
「大切やで。大切やったから、俺も心配かけんように、と思うてやな」
「ん・・・何してやったん」
「朝いちで、メールだけ送っててんぞ」
「ほう、なんて?」
「おはよう、今日は仕事」
「そんだけ?」
「他に、何送るん?」
「あほや・・・」
また、笑いやがった。
「えー、なんでなん」
「ちょこっと甘い文句でも入れといたったら良かったんちゃう?」
「そんなんさぁ・・・恥ずかしいいやろ」
「恥ずかしがってどないすんねん。自分の彼女やろ」
「そうやけど」
「実際には、もっと恥ずかしいことやってするやん」
いきなり、何言い出すん、こいつ。
「そら、逢えばするよ」
俺も、アホや。
なに真面目に答えてんねん。
「だろ? ほしたら、メールにちょこっと付け足すくらい簡単に出来たんとちゃうの」
「う~・・・・・ん」
「目で見える言葉、って大事やと思うで。耳で聞く言葉って、消えてくやんか」
目で見える言葉、
耳で聞く言葉、か。
「音になれなくてゴメン、て言われた」
「なにそれ」
俺は、グラスを一気に空にする。
「最後、別れる時。俺、音楽以外愛せへんねんて」
「あー・・・」
「音になれなくて、ごめん、て謝られた」
「音・・・な・・・」
「意味、分からへんねん。そんなこと言われても」
「まあ、言わんとすることは、分からんでもないか・・・」
「なんで俺に分からんのに、お前に分かるん」
「んあ? そら、おまえ・・」
言いかけて、そいつは、俺をまじまじと見た。
「もう、何年や?」
は?
急に何言い出してんねん。
「俺と、お前。最初に出逢ってから、何年になる?」
「中学の、最後の年やから、13・・・14年?」
「長いなぁ・・・」
「ああ、長いな」
それきり、俺らは口をつぐんだ。
空になるグラスの数だけ、互いの記憶を数えているかのようだった。
合間、合間には、いろんなことがあった。
喧嘩も、数えきれんくらいした。
それこそ、人には言えんような、くだらないことで。
「誰にかて、天職いうんはあるんやなあって、おまえ見てると思うわ」
「ちょ、なに、それ」
くすぐったさに、思わず、苦笑う。
「自分、分からへん?」
「さっぱり、わからん」
「歌ってる時の、お前、こう、なんていうんやろ、お前やけどお前ちゃうねん」
「俺は、俺やで」
「そんなん、わかってるよ。じゃなくて・・・」
「なくて、なに?」
「音楽に馴染んでるっていうか、歌そのものっていうか、・・・でっかく見えんねんな」
いやいやいや。
「いっつもちっさい言うてるくせに」
「茶化しなや。真面目に言うてんから」
「お、・・・おん」
「いつからかなぁ、歌だけで勝負に出るんはしんどそうやなぁって思いだしたん」
「誰が? おまえが? なんで?」
「なんでって訊くか」
「そんなん、知らんやん」
「なんでやろな」
「おい」
「つまりさ。
普段はちっさくて、知らん人の前に出たら、どこにいてるかわからん位に黙りこむお前がさ・・・
ステージに立って歌い出したら、めっちゃデカく見えんねん」
「おだてても、なあんも出んぞ」
「おだててるんとちゃうがな。
一番近いとこで、ずっと歌うお前を見て来た俺の、感想やん。
メンバーの、他の誰に聞いたって、きっとおんなじこと言うと思うわ。
・・・俺は、歌ってもんに馴染んでるお前が羨ましかったな」
「俺から見たら、しゃべれるお前が羨ましいけどな」
ちょこっとの間。
次の瞬間、吹き出して笑う男ふたり。
「ないもんねだりや、お互い」
「そやな。
せやから、その彼女の気持ちが分からんでもないねん。
・・・その、『音になれなくてゴメン』ってやつ?
お前、歌うん、好きやろ?
音楽がなかったら、生きてかれへんやろ」
「大げさなもの言いすんなや。・・・・・・せやけど、そうかもしれん」
「逆に言うたら、や。お前には音楽があったらええってことや」
「いやいや、そこ、逆にするか? 逆もまた真なりってことは、ないぞ」
「でも、彼女はそう思ったんやろ。音と同じくらい、お前に愛されたかった・・・」
「愛してた・・・つもりやったんやけどなあ。
大切に、思ってたんやけどな・・・伝われへんかったんや・・・」
「不器用やからな」
「うまいこと彼女に伝えられてるお前を尊敬するわ」
「さあ、俺かて伝わってるかどうかはわからへんで」
「なんや、自信無くなってきたわ。俺、ずっと一人なんかもわからん」
「ま、それもええんちゃう?」
「人ごとだと思いやがって」
「焦らんでも、そのうち、ちゃああんと現れるって。音楽に魅せられた男を分かってくれる女が、さ」
「音楽に魅せられた、か」
水辺で自分の影に恋した妖精のように、
俺も、自分の音をそこに追い求めて、音の泉を離れられんくなるんやろうか。
水音がする。
ぽたり、ぽたり、
耳元で不規則なリズムを奏でる。
それをメロディーにかえようと耳を澄ます。
五線譜に連なっていく音符が、次から次へと現れては消える。
次第に水音が増し、俺は音符を追い切れなくなっていく。
音符は水滴に変わり、俺の上に降り注ぐ。
身体中が濡れていく感覚に襲われる。
耐えきれずに身体を起こし、目を開ける。
ゆるやかに広がる、薄い闇。
窓辺で、
夜と朝とがすれ違う。
一瞬の紫。
俺は、俺であり続ける。
FIN.
途中なんだか涙が・・・(ρ_;)・・・・ぐすん
なんかいい話やわ~
フィクションとはいえ、なんか、ありがとうって感じです!