入院が決まると、相談員は心配そうに言った。
「今回、一週間でも入院すると
次に入院できるのは4月になります。
それまで大丈夫ですか?」
そうなのだ。
近年の入院制度には、3ヶ月ルールという縛りが存在する。
退院が不可能な症状など特別な事情が無い限り、入院期間は3ヶ月で
一度退院したら次の3ヶ月間は入院できないというルールだ。
トランプのババをいつ使うか…みたいなもので
こっちは婆の身の振り方について、思案のしどころなのである。
が、かまうものか。
なんなら正月が明けた後も3ヶ月、入院しときゃいい。
この夏は暑い間、入院していた。
今度は寒い間、入院すればいいのだ。
サチコが望めば、そして病院が了承すれば、という注釈はつくものの
こっちはもう、当たって砕けろの気分じゃ。
もはや、私の覚悟は決まっていた。
入院のカードが使えないなら
県内のみならず、日本全国に範囲を拡げて施設を探す。
地元や街中の施設は空いてなくても、山奥の過疎地なら空きがあるはずだ。
そうまでして、サチコを施設に放り込みたいわけではない。
本人が入りたいと言うからだ。
自分の気まぐれな発言がどんな結果を生むか
あの人もそろそろ知った方がいい。
このところ、私は以前にも増してバンバン言ってやるのだ。
「デイサービスに行っても寂しい、家に帰っても寂しい…」
「あの世も寂しいらしいで!」
「こんなに寂しいのに、何で生きとらにゃならんの?」
「◯なれんのじゃけん、生きるしかないが!」
返事に困るようなことをわざと言って
相手を暗い気持ちにさせる数々の語録はもう許さない。
中でもたびたび口にする、どうしようもない発言については
対処法をマスター。
「私は一人ぼっち…誰も一緒に暮らしてくれん…」
嘆き悲しむ悲劇のヒロインに
「子供を3人ぐらい生んどきゃ、どれかは引っかかったんよ。
自己責任じゃ!」
「ええことが一つも無い」
「あんただけじゃない!うちだって無いわ!
年寄りの世話に明け暮れる人生の、どこにええことがあろうか!」
「面白うないけん、行きとうない」
一日おきに行くデイサービスの朝
苦虫を噛み潰したような顔で言うこれには
「婆さん集めてチイチイパッパが面白いわけないが!
ようわかっとるわいね!
何で行くかいうたら、家族を安心させるためよ!
それがあんたの仕事!」
これらを言ったら静かになり、そのうちあんまり言わなくなった。
さらに毎週金曜日、デイサービスに泊まるのは未だに抵抗があり
「用事があるから泊まれません」
などと勝手に電話をかけることも多くて、施設を困らせている。
「みんなが次々に帰って、私は取り残される。
泊まったって寂しさは変わらん」
というのがサチコの主張だ。
「泊まりをドタキャンしたら、信用無くすよ!
ますます誰からも相手にされんわ!」
信用のフレーズはよく効いて、それからはおとなしく泊まるようになった。
が、施設の人たちが最も困っているのは
デイサービスにおけるサチコの不用意な発言だそう。
入浴のために洋服や下着の着替えを一式、施設に預けているのだが
このシステムが理解できないサチコは
「ここへ来たら服が無くなるから、気をつけた方がいい」
「私は他人のズボンを履かされて、帰らされた」
などと、他の利用者にしゃべるという。
他の利用者もバリバリの認知症なので
こういうことを言われたら不安になるというわけ。
そしてもっと困るのは、デイサービスに集まった利用者を数え
「今日は、いらん子が6人」
毎回、皆の前で言うそう。
いかにもサチコらしい。
この爆弾発言に、もちろん施設は揉める。
施設の人々はサチコの扱いに困惑し、完全に浮いてしまったサチコは
ますます寂しさがつのるという悪循環の図。
「うちではお世話できません」
今の施設から、そう宣告される日は近いかもしれない。
「色んな方がいらっしゃいますのでね、慣れていますから大丈夫ですよ」
病院でも施設でも、スタッフは心配する私にそう言った。
ただし私の心配は、サチコに向けられたものではない。
こっちはひたすら、サチコに接するスタッフの心配をしていたのだ。
《続く》
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