曖昧批評

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「真田丸」第42回「味方」の感想

2016-10-23 23:20:22 | 大河ドラマ
大坂城に入った幸村は、さっそく秀頼と面会。織田有楽斎に褒められる。が、幸村が去った後に、単におだてていただけと漏らす。有楽斎が今後色々とウザい役回りになりそう。

10万の浪人を収容した大坂城では部屋が足りてなかった。幸村は一人部屋だが、後藤又兵衛は相部屋。いつも又兵衛と一緒にいるが毛利勝永は一人部屋。1万石の大名で格が違うからだと言ってケンカになる。毛利勝永は幸村の次に活躍するはずだが、今のところ有能臭は出していない。

幸村は一人部屋を辞退して長宗我部盛親と相部屋になった。「続・戦国自衛隊」ではそれなりに活躍する豪傑である。が、期待に反して怖がりでさびしがり屋だった。

真田の大坂入りが家康に伝わる。例の場面である。

家康「親の方か子の方か」
本多正純「安房守は死んでおります」
家康「そういえば前にも聞いたな…」



家康はガタガタ震えはしたが、箸を取り落すことはなく、襖を掴んでガタガタ言わせていた。幸村の能力を恐れているのではなく、真田のイメージを恐れている模様。だが、斉藤由貴にカツを入れられ、トカゲの薬?を飲まされていた。

江戸の真田屋敷では、出陣する信吉・信政を皆で激励。若い二人には小山田氏と三十郎が護衛に付く。

マツ「けがをしないようにね。危なくなったら後ろに下がって声だけ出していなさい」

家康を追うように出陣する秀忠。本多正信が年取り過ぎて今にも死にそう。秀忠との話が終わったことを江姫に告げた後、ナレ死するかなと思ったらしなかった。しぶとい。

幸村は改めて秀頼に呼び出され、総大将の内示を受けた。会議でも徳川を二度破った件を持ち出してアピール。だが、第1次上田合戦では旗を振っていただけという噂もある。

勝永「最初の時は二十歳にもなっていない若輩ではないか」
幸村「早熟だったので」

又兵衛は過去の経歴は関係ないと主張しつつ、大大名の息子である長宗我部盛親を総大将に推す。

目立つ者がいると話を乱すことが分かったので幸村は辞退。

それなら、と意外に気を持たせておいて、長宗我部盛親も辞退。

取りあえずすべての案件を預かりたい大野治長。

各自の思惑が勝手すぎてまとまらないので、幸村が妥協案を提示。10万の軍勢を5つに分け、それぞれに大将を置き、全体の大将は秀頼にしましょう。5人とは自分と又兵衛と勝永と盛親と明石全登である。

それぞれが勝手に頑張るという又兵衛の案とあまり変わらないような気もするが、とりあえず又兵衛は納得。この単細胞は、何かの大将にしておけば大人しくなるだろう。5人の軍団長とはいえ、幸村が一番賢いし、一番しゃべるので、自然に総大将的なポジション、まとめ役になっている。

内記「先が思いやられますな」
幸村「^^」
内記「なぜ微笑んでおられるのか」
幸村「浪人は勝手なことを主張してまとまりがないが、今の境遇をひっくり返したい欲があり、自分から大坂方に加わっている。いやいや戦に駆り出される徳川兵とは気概が違う。この戦、十分勝てる」
内記「なるほど」

江戸の真田屋敷では、いつのまにか佐助がいて作兵衛を大坂方に勧誘。夜にこっそり出ればいいのに、昼間堂々と出ようとしたら信之に見つかった。行きたければ俺を倒してから行け的な展開。信之が意外に強いのか、作兵衛が見かけ倒しだったのか。作兵衛は完敗して斬られる、と思ったら信之の腕が、まるで真の力を発揮しようとしているかのように痛み出し、その隙に作兵衛出発。

今回のタイトルは「味方」だが、さて、誰が幸村の味方になったのだろう。内記のほかにもう一人欲しいと言っていたが。盛親は頼りないので、「塙団右衛門参上」という木札の名刺をくれた塙団右衛門か。公式サイトによると、本当に名刺を配っていたらしい。


団右衛門「剣術の腕前は今一つながら、戦の時は欠かせぬ男でござる」
幸村「・・・」



塙団右衛門は、目で何かを雄弁に語る男だった。ザキヤマっぽいキャラは一見コメディ要員だが、案外自分で言ってる通り、戦でも使えるかも。真田幸村は大坂の陣で銃撃を有効に使ったみたいだし。

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