まずは何時ものように心に留める言葉から、ここで島地勝彦氏の言う先生とはシバレンのこと。
「しょっちゅう先生はわたしを銀座の高級クラブ 「ラモ ール 」に誘ってくれた 。シャイな柴田錬三郎は一人で行くのは体裁が悪いと思っていたのだろうか 。わたしが生まれて初めて銀座のクラブに入ったのがこの店で 、電通通りに面した地下 1階にあった 。シバレン先生の後ろに付いて入ったときの驚きはいまも忘れられない 。ソファが壁を背に楕円形に並んでいた 。粋な外国人が軽快にピアノを弾いていた 。薄暗い店の中を見渡すと 、あちらに川端康成がいる 。こちらには大岡昇平がいる 。シバレン先生を待っていたのは吉行淳之介と遠藤周作だった 。その隣のテ ーブルで井上靖がどこかの編集者と呑んでいた 。」
「人間は会いたいなあと思ったら 、遠慮せずにだれでも会っておくべきである 。いまでも残念に思うことは 、わたしが編集者になったころ内田百(内田百間氏は夏目先生の門下)まだ存命だったし 、大宅壮一も生きていた 。わたしは若さゆえに逡巡したものか 。写真やテレビで見るのと実物に会うのとでは 、花でいえば 、造花と生花との違いがあることを知ったのは 、人生も四〇歳を過ぎてからだった 。人間にとっていちばん興味があるものは人間なのである 。わたしはいろんな人に会って 、その人のなかにその人しか持ってない怪物性を発見したとき 、人生をやっていてよかったと無性に感動する 。人間は一人では生きられない 。だからこそヒュ ーマン ・ネットワ ークを拡げて生きることが大切なのである 。人生は一度 、しかも短い時間しか生きられないのだから 。」
このような光景の銀座で飲む文学者と編集者は死語になった。何事も人力で動かしているんだぞ!という自負が薄れゆく。出版社の名刺だけで、会社の意見を言いに来ましたという程度の編集なら、メールと電話で仕事になるかもしれない。
ある編集者の証言
「ボクらのころはうるさそうな作家に突撃するのが使命でしたが、最近の若い編集者はとにかく楽なところに行きたがる。あなた、自分が歳をとっている自覚がないでしょう。逆の立場で若い編集者になったら、できたら避けたい相手ですよ」勝谷のXXな日々 与利 この男も冥界に行った。
銀座みゆき通りといえば、この人を忘れてはいけない。クラブに行く前にシバレンがお目当ての女給に舶来香水を土産にぶらりと買っていった当時
著名人、今東光、川端康成など御用達の店、
追補2019年破産閉店していた SUN MOTOYAMAの創業者茂登山長一郎。
島地氏の発言の参考になるところは、人生が思ってる以上に短く、チャンスを創りに行かなければ、ずっと待ちぼうけで終わるということだな。