『特許の文明史』 守 誠(もり まこと)1933年生まれ新潮社1994年8月発行
ほとんど読んだが、江崎玲於奈のノーベル賞受賞の対象となったエサキダイオードの発明者に関する貢献の真実というところはなかなかにおもしろい。書かれていることから見るとたしかに貢献者は鈴木隆(大学生)であり、黒瀬百合子(旧姓)である。それ以上にソニーの課題であった高性能トランジスターのドープ開発課題(アンチモンSb→リンP)を提出していた塚本哲夫だろう。
江崎玲於奈が次第に大学生の発見の瞬間を小さい逸話としていることにノーベル賞の独り占めとみてとれる側面はゼロではない。
しかし特許と知識の発見は全く異なる。江崎玲於奈が大学生の疑問を量子トンネル効果と認識できたのは知識を発見する準備ができていたからだ。発見は何者にも変えられない一回きりのことだが、誰が発見したかということよりも、発見を最初に知識にしたことのほうに価値がある。
ちょっと日本語が難しいが、発見しようとして自然界を探すことと、自然界の仕組みを構想することは全く別の才能が働いている。すべてを一人の人間が行えばそれこそ紛れもなくノーベル賞だが、自然界の仕組みを構想する基礎はそれまでの人類の知識の積み上げの吸収による解釈を使いこなした上で更に高い次元でイメージすることを源泉とする。他方、探す仕組みにも実は技術的熟練と設計の工学的洗練&注意力を維持する超人的努力が必要になる。20世紀の科学は物理学を中心に前者で豊穣で有り続けた、生物学も物理的に説明された。しかし21世紀の科学に知識概念の創出は少ない。従って最近の日本人ノーベル賞は後者が多くなってきている。敢えて江崎玲於奈氏の人間性について避けるが、知識の発見を構想できる人が本当の科学者である。そういう意味では江崎玲於奈は知識発見の準備ができていた。しかし最近の日本人受賞者は皆技術者であるが故に知識概念の創出は少ない。科学を評価できるのは科学者の社会であって官吏ではないし、ましてや引用スコアでもない。
著者
守 誠(もり まこと)1933(昭和8)年、横浜市生れ。慶應義塾大学経済学部卒。1989(平成元)年までの32年間、モスクワ駐在4年を含めて、総合商社に勤務。ILO常設諮問委員会(ジュネーブ)日本代表を務める。現在、愛知学院大学経営学部国際経営学科、同大学院経営学研究科教授(国際取引研究【通商政策&知的財産権】)。専門以外に、英語関係の書籍も多数執筆。大ベストセラーになった『英会話・やっぱり・単語』をはじめ、『通じる・わかる・英会話』『「やり直し英語」成功法』(いずれも講談社文庫)『世界旅行自由自在 60歳からの英会話入門』(講談社)など。英語以外では、『特許の文明史』『失敗につよくなる!─明日がみえてくる不思議な言葉─』(新潮社)、『蓄財の構造』(講談社)、『漂流と定着』(サイマル出版会)、『国際経営戦略』(共著、同文舘)などがある。