人間は受信機であると述べたように、人間の次元に応じた情報受信が存在する。かつて日本人の多くは天の声を聴いていた。
他方で一神教世界は特定の預言者しか声をきかない。だから彼らの宗教には預言が重要なモメントになる。
ちょうどラジオを聞いたことのない者が聞いた時の驚きである。しかし古代から日本人は地の声、森の声、山の声、海の声、天の声をその魂の階層に応じて聞いていた。
古代の歌をみればそれは明らかであり。依代信仰もその証左である。
犬養孝 いぬかい・たかし
(国文学者、万葉研究の第一人者)
東京出身。東京大学卒。台北高校教授などをへて、大阪大学名誉教授、甲南女子大学名誉教授。「万葉集」の風土的研究分野を開拓し、ゆかりの土地1200か所を実際に歩いて調査するという大事業を成し遂げて、万葉遺跡の保存運動、「万葉集」の普及につとめ、1962年文化功労者に選ばれる。また万葉歌に旋律をつけて朗唱する歌声は「犬養節」と呼ばれ多くの人々に親しまれる。
著作に『改訂新版万葉の旅』(平凡社)『万葉の風土(正・続・続々)』(塙書房)『万葉 花・風土・心』(現代教養文庫)『万葉の里』(IZUMI BOOKS)「万葉のひとびとと風土」(中央公論社)「明日香風」(社会思想社)など。
昔 犬飼孝のNHKラジオ番組を録音していた。
『万葉集』には多くの歌が収められており、その中には自然崇拝や自然への崇高な感謝を表現した歌も数多く存在します。
**巻3-317: 山部赤人**
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田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける
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### 訳
田子の浦から出て望むと、雪が真っ白に富士の高嶺に降り積もっているのが見える。
### 解説
この歌では富士山を霊峰として捉え、その神聖さと美しさを称えています。自然現象である雪が富士山の高嶺に降り積もる様子を詠み、その景観に崇敬の念を表しています。
### その他の自然に関する歌
『万葉集』には、多くの歌が自然の風景や季節感を詠んでおり、それらは自然崇拝を強く感じさせるものです。以下にいくつかの例を挙げます。
### 柿本人麻呂による歌
柿本人麻呂は『万葉集』の代表的な歌人の一人であり、彼の歌にも自然崇拝が見られます。
**巻1-28: 柿本人麻呂**
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東(ひむがし)の 野にかぎろひの 立つ見えて 返り見すれば 月傾(かたぶ)きぬ
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### 訳
東の野に朝焼けの光が立ち上がっているのが見えて、振り返って見ると月がすでに傾きかけている。
### 解説
この歌では黎明の光景を詠んでおり、新たな一日の始まりに対する畏敬の念や感動を表現しています。東方の空に昇る日と、それに伴って消えゆく月という対比が自然の壮大さとその瞬間の美しさを強調しています。
### 大伴家持による歌
大伴家持もまた自然を題材に詠んだ多くの歌があります。その一つを紹介します。
**巻17-1920: 大伴家持**
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春の園 紅(くれない)にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つをとめ
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### 訳
春の庭園に、鮮やかな紅色に咲く桃の花があり、その花の下で輝く道に立っている美しい乙女がいる。
### 解説
この歌では春の風景を題材にしており、桃の花の持つ艶やかさと、それを取り巻く自然の美しさを讃えています。自然とその中に生きる人々との調和を感じさせる描写です。
### 山上憶良による歌
山上憶良も自然に関する歌を多く残しています。
**巻5-802: 山上憶良**
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ぬばたまの 夜の更けゆけば 久木生ふる 清き川原に 千鳥しば鳴く
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### 訳
夜が更けると、久木が生える清らかな川原に千鳥がしきりに鳴いている。
### 解説
夜の静寂の中に響く千鳥の声を詠み、自然の持つ神秘的な雰囲気を表現しています。夜の風景とその静かな音を通じて、自然を尊ぶ気持ちが伝わってきます。
『万葉集』全体を通じて、多くの歌人が自然の美しさや崇高さを題材に詠んでおり、そこから自然崇拝の感覚を感じ取ることができます。これらの歌は、当時の人々が自然と共生し、その偉大さを尊重していたことを物語っています。
『万葉集』には他にも自然の風景や季節の移ろいを讃える歌が多く含まれています。例えば、春の桜や秋の紅葉など、四季折々の美しい自然を詠んだ歌が多数あります。
自然崇拝というテーマは、『万葉集』に限らず古代日本の文学全般に見られる重要な要素であり、日本人の自然に対する畏敬の念が反映されています。
それゆえに日本では預言者個人の譫言にインパクトはない。それゆえに世俗神道には預言がない。言挙げもない。シャーマンが言葉を下ろすことはあっても予言ではない。
しかし最近になって予言を言い出す宗教家が増えた。大本教など江戸末期の日本人の魂が天の声を聞かなくなったことが原因だろうと思う。
枕詞(まくらことば)は、古典文学で特定の語句を飾るために用いられる定型表現です。他の言葉にはない詩的な響きや風情を持たせる役割を果たします。以下に、いくつかの代表的な枕詞とそれに続く言葉の例を挙げます。
### 枕詞一覧
1. **あかねさす**
- 日、昼、紫、君(太陽、日中、紫色、君主・恋人など)
2. **あさじふの**
- 小野(細い道の茂った小野)
3. **あしひきの**
- 山(山を飾る言葉)
4. **あづさゆみ**
- 引く、張る、射る、音、春(弓を引く、射る動作など)
5. **うつせみの**
- 世、人、命(儚い人間の世や命)
6. **からころも**
- 着る、裁つ、袖、裾(衣服に関する動作)
7. **くさまくら**
- 旅、結ぶ(旅の道中や仮の宿)
8. **しろたへの**
- 衣、袖、雪(白い布に関連)
9. **たまのをの**
- 絶ゆ、長し、短し(命や時間に関する)
10. **ちはやぶる**
- 神、社(神や神社)
11. **ぬばたまの**
- 夜、黒、夢、髪(暗い夜や黒いもの)
12. **ひさかたの**
- 天、光、月、雨(天や空に関連するもの)
13. **ふるさとの**
- 庵(古くからの故郷や家)
14. **ももしきの**
- 大宮、うち、殿(宮殿や貴族の邸宅)
15. **やくもたつ**
- 出雲(出雲地域に関連)
16. **わかくさの**
- 妻、夫、若、春(若さに関連する)
### 使用例
1. **あかねさす**:あかねさす日は昇りぬ
2. **あしひきの**:あしひきの山道を歩む
3. **うつせみの**:うつせみの世のうつろい
このように、枕詞は古典的な和歌や詩において特定の言葉と結びつけられ、詩情を豊かにし、文のリズムや情景を生き生きと描き出すために使われました。現代の日本語にはない、古典文学特有の美しい表現です。
一般に枕詞は訳のない情緒面の決め事と捉えるが、その統一格調は歌い手が自然から天の声を聞いたことを暗示する歌暗号とも言える。