公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

細野晴臣音楽活動50年記念 東京フォーラム

2019-12-01 21:52:00 | 日記
昨日の細野晴臣(立教大学在学中にベースを始め、数多くのバンドを経た1969年、エイプリル・フールのベーシストとしてメジャーデビュー)よりRei - BLACK BANANAが凄かって、睡眠学習の目が覚めた。アコギなのに。客演が母屋を喰っているのを見るのは椎名林檎のお誕生日に客演の宮本浩次(エレファントカシマシ)以来。






𝐑𝐞𝐢
@guita_rei
#細野晴臣 さんの音楽活動50周年記念公演にサプライズゲストとして歌わせていただきました。目の前にハリーさんがいることが幻のようで、夢なら覚めないでと思いながらステージに立っていました。本当にありがとう&おめでとうございます!


「気持ち良さと気持ち悪さは紙一重」という信念

2015年2月、7曲入りの1stミニアルバム『BLU』でデビューを果たしたReiさん。共同プロデューサーはペトロールズの長岡亮介さんで、ブルーズを下敷きにしつつ、1960年代のロックや70年代のシンガーソングライターのエッセンスを凝縮した楽曲は、シンプルでありながらも豊かな広がりを感じさせ、聴き込むごとに味わいが増していきます。しかも、単なる懐古主義ではなく、ルーツミュージックを今の視点で照射した「現在進行形のサウンド」に仕上げているところが、まさに彼女の真骨頂といえるでしょう。

Rei:ストーリー性のあるアルバムが昔から好きなんです。The Whoの『Quadrophenia』(1973年)や、Yesの『Fragile』(1971年)、The Beatlesの『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967年)とかですね。ロックオペラ的な、頭から最後まで聴くのが好きなので、自分が初めてアルバムを作るときにも、全体の流れや滑らかにストーリーを進めるための曲順にこだわりました。長岡さんのことは、「歌声に気持ち良くフィットするギターを考える人だな」と思っていて。しかも、ギターの魅力も余すことなく伝えるアレンジなんですよ。私自身も、歌とギターを同じくらい大事にしているので、きっと長岡さんならいろいろ教えてくださるんじゃないかと思ってお願いしました。


Rei(レイ、1993年2月5日 - )は、日本のシンガーソングライター・ギタリスト[1]。
経歴
兵庫県伊丹市生まれ[1]。2歳のときにフランスに1年間住んだあと一度帰国し、それからアメリカで小学校の低学年まですごした[2][11]。ニューヨークで4歳よりクラシック・ギターを始める[1]。学校ではビッグバンドに所属してエレキギターを弾いていたが、そこでデューク・エリントンなどのジャズ・ブルーズに初めて出会う。帰国後、大阪のインターナショナルスクールに入学。クラシック・ギターに専念してプロを目指していたが、小学校の同級生に誘われてロックバンドを組む。バンドの傍ら大阪のブルーズ・コミュニティとも関わりを持ち、「課外活動のような形」で弾き語りを始める[3]。神戸の音楽学校を経て17歳でソニー・ミュージックアーティスツと契約、それを機に上京[3]。




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