老イテマスマス耄碌 単行本 – 1993/6/1 古本
吉行 淳之介 (著), 山口 瞳 (著)
表紙の左側は山田五郎(山田 五郎(やまだ ごろう、1958年12月5日 - )は、東京都渋谷区出身の日本の美術評論家、タレント、コラムニスト。元講談社編集者。本名は武田正彦。私と同世代同学年)のように見えるが、山口瞳氏。寿屋の宣伝部時代、トリスを飲んでHawaiiへ行こう!(トリスをのんでハワイへいこう!)は、寿屋(現・サントリーホールディングス)が1961年(昭和36年)や、「男性自身」シリーズのエッセイストの山口瞳である。絵は柳原良平(やなぎはら りょうへい、1931年 8月17日 - 2015年 8月17日)か?和田誠だった。
この対談の時は90年ころだから、山口 瞳(やまぐち ひとみ、本名同じ、1926年(大正15年)1月19日(戸籍上は11月3日) - 1995年(平成7年)8月30日)は、64~65歳頃、吉行 淳之介(よしゆき じゅんのすけ、1924年(大正13年)4月13日 - 1994年(平成6年)7月26日)は66~67歳頃と推量できる。
今、山田五郎氏も含め、この年代で老いてきた(実感はあったとしても)耄碌の行動と外観を露呈して嘆く男はほとんどいないだろう。山口はほぼ2年後に他界。吉行も4年ほどで他界している。病気がちであった吉行淳之介の方が長命であったというのも意外である。
対談といっても、入れ歯と頻尿とシモネタの話なのだが。。稀代の知性(山口は将棋の天才、吉行は文筆のスーパーマン)が並んで、ただひたすらに耄碌を語っている。ふたりとももう書けないと潔く認め、死に向かってゆく思春期ならぬ思冬期の貴重な思いが活字に残っている。どのような知性も痛みと睡眠が優先事項となってきて、懐かしくも起きたらタモリで、ウトウト相撲を観ていたはずが久米宏なってこともあったらしい。ふと目覚めたら塩田丸男だなんて、どれだけテレビを見て寝てるんだか。思冬期とはそういうものかもしれないぞと思う。すでに我々の世代はテレビは嘘ばっかりなので、天気予報だけTVonの習慣だが、諸先輩の老境は何につけても生活のリズムは女房殿のおかげとなる。
それにしてもあと数年で自分がこんな耄碌状態になるとはどうしても思えない。リズムは自分で作っている。凡人と異なりお二人はよほど頭脳を酷使して生きたのだろう。尚、山口瞳氏の様な糖尿病には気おつけましょう。
最新の画像[もっと見る]