次の読書は平凡社つながりで、 松浦静山(本名:松浦静)
松浦静山(1760~1841年)は天保のはじめころには亡くなっているので、根岸鎮衛(1737~1815年)より一世代下るが、耳嚢と同じ頃の綺譚集、ブログのようなものだ。
松浦静(静山)の孫娘が明治天皇の生母中山慶子。
松浦静山(1760~1841年)は天保のはじめころには亡くなっているので、根岸鎮衛(1737~1815年)より一世代下るが、耳嚢と同じ頃の綺譚集、ブログのようなものだ。
『常静子剣談』
松浦 静山
孔子の御言に「君子は言を以って人を挙げず。人を以って言を廃せず」と有るは、剣術までにも其の事通ぜり。常智子の口伝書にも、事理不偏と専一(せんいつ)に説けり。事とはわざにて手足心体の働なり、理とはすぢにて其の行きやうの筋なり。行きやうの筋とは、是(これ)はかくならねばならぬ、此(これ)は是非かふなると云ふことなり。夫(そ)れ故(ゆえ)剣術者も、口に言ふ事の手に出来ず、手に出来る事の口に言はれざる事は、得道(とくどう)の人にあらず。
松浦静(静山)の孫娘が明治天皇の生母中山慶子。