もうすぐ今年最後の夕日が沈む。寒気の影で厚い雲に隠れて赤い夕日はその周辺しか見えていない。石田禮助や石坂泰三、出光佐三が見た昭和20年落陽は遠い日の出来事となったが、彼らが60歳で迎えた日本国の落陽をどんな気持ちで見たことだろう。今年は一層そういう気持ちを持ちたいと思う。彼らの老年とも言える年齢からの活躍は素晴らしいものだった。彼らは戦争を経ているけれども徴兵された世代ではない。しかし多くの兄弟、社員を失っている。その思いが敗戦後の復興に影響しないはずはない。焼け野原の東京を見て更に占領の7年間を経てことごとく打ちのめされようとしていた日本経済の復興は十字架を背負う気持ちでなければできなかった。 それぞれがどのような仕事をしたかは出光佐三を除けば、石田も石坂も城山三郎の伝記的著作があるので読んでもらいたい。わたしたちは日本人として日本経済の落陽に向かって立っている。 陽はまた必ず昇る。しかしその時は長い闇を通り抜けたかなり先のことかもしれない。まだ成長の残照にわれわれが照らされている間は、この凋落は本物の苦しみではないだろう。しかし私達もまた、日本のために十字架を背負い這い上がってゆかなければならない。 日既暮而猶烟霞絢爛、 歳将晩而更橙橘芳馨、 故末路晩年、 君子更宜精神百倍 日すでに暮れてなお烟霞(えんか)絢爛(けんらん)たり、 歳(とし)まさに晩(く)れんとしてさらに橙橘(とうきつ)芳馨(ほうけい)たり、 ゆえに末路(まつろ)晩年は、 君子さらによろしく精神百倍すべし 日はすでに暮れてなお夕映えは光りかがやく。 歳は終わろうとして柑橘はかぐわしく匂う。 たとえ晩年となろうとも、 君子はいっそう精神をふるい立たせ、最後を美しく全うしようではないか。
先人の偉業に学ぶならば、このような駐日大使は生まれなかっただろう。
「だいたい日本政府は、『尖閣諸島について領土問題は存在しない』なんて言ってるだろう。いまどき『領土問題がない』なんて言ったら、世界中の笑いものだよ。こんな主張は、パンツを穿いてないのに、自分だけパンツを穿いてると主張しているようなものじゃないか。外国から見れば、日本がオチンチン丸出しで騒いでいるようなものなんだよ。つまり日本は裸の王様だ。こんな主張は、早く止めるべきだ!」