六年前の回想
司馬遼太郎の一朶の雲という表現が小山薫堂に継承される時、新たな共同幻想がテーマ曲に再生した。《一朶》を一つの乃木と書くたまたまにかけた寓意裏テーマに皆気づいていたはず。司馬遼太郎が坂の上の雲に書いた雲は、ドラマに描きこまれていたもの、必死に目指した西欧列強の強国の(文化・政治・インフラストラクチャー・軍事力・憲法法制の)水準ではなく、日露戦争の勝利神話そのもの、神話と現実の区別のない楽天性がその後の日本人にとって共通の坂の上の一朶の雲であり、そのイリュージョンが太平洋戦争と呼ばれるまでの戦争の責任の象徴であったことを司馬は陰で言いたかったのだろう。
しかし日露戦争の休戦の時には敵味方双方にまだ武人のスポーツマンシップがあった。スポーツマンシップがスポーツにしかないと言う今の世間の方が異常社会である。市井に潔く明治国家を受け入れた民衆自身が武士階級という敗者に配慮できる日本人がいたから、日露戦争に日本人の民度の総力が出た。それが日露戦争であったと思う。今は教育やマスコミを通じてそれができないように武を蔑む国民分断が「言葉巧みに」行われている。
最近よく目にする宣伝
《そのとき、日本人なら誰も思いもしないようなことをフーヴァーは口にした…
「太平洋戦争は、日本が始めた戦争じゃない。あのアメリカの『狂人・ルーズベルト』が、日米戦争を起こさせた。気が狂っていると言っても精神異常なんかじゃない、ほんとうに戦争をやりたくてしょうがなかった…その欲望の結果が日米戦争になったんだ」》
司馬遼太郎の裏テーマ自虐小説を見る前に昭和に起きていたことを振り返って見ると良い。坂の上の雲であったはずの國際聯盟は機能を停止していた。なぜそうなったのか。国連はどうして勝者の機関に成り下がったのか。戦争によって最も成長した米国と米国流国際機関(ヒューマニズムと爆撃制裁のミックス)の本質、敵のある国際社会と裏表の軍事力増強唯一無二のスーパーパワー米国。これがルーズベルトを傀儡として戦争開始に利用し、戦後はマッカーサーが許可を得なければならなかった世界の支配者クラウンの目的だった。
「楽天家たちは、そのような時代人としての体質で、前をのみ見つめながらあるく。のぼってゆく坂の上の青い天にもし一朶(いちだ)の白い雲がかがやいているとすれば、それをのみ見つめて坂をのぼってゆくであろう」(『坂の上の雲』あとがき 文春文庫)
写真は 12/22 7:00 今朝の利根川
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