佐藤忠男がおそらくこの先見る機会が失われるだろうと思われる名作や監督俳優脚本家を評価したまとめ本である。

その中でも「我が青春に悔いなし 」黒澤明監督の原節子の自立した女の意志の演技に言及していたのは、同じく印象に残っていたので嬉しい。私が見たのは学生主催の映画マラソンだが、印象に残っていた古い記憶を呼び覚ましてくれた。佐藤忠男にとっても評論の出発に相当した作品と思われる。

「我が青春に悔いなし 」
日本が戦争へと歯車が狂い始めていた1933年(昭和8年)、京大教授の八木原夫妻とその娘・幸枝、父の教え子である糸川と野毛ら7人の前途有望な学生達は、吉田山でピクニックを楽しんでいた。全てに慎重で常識と立場を重んじる糸川と、正しいと信じた事は立場に関係なく主張する野毛の二人は幸枝に好意を持っていた。幸枝も好対照な二人それぞれに惹かれていた。しかし、大学では京大事件が発生し、自由主義者の八木原教授は罷免されてしまう。やがて大学を追われた八木原は弁護士、糸川は検事になり、野毛は左翼運動に身を投じていた。野毛に強く惹かれていた幸枝は上京して自活の道を選び、野毛の後を追った。1941年(昭和16年)、幸枝は野毛と結婚する。だが、野毛は戦争妨害を指揮したとして逮捕され、獄死してしまう。