公開メモ DXM 1977 ヒストリエ

切り取りダイジェストは再掲。新記事はたまに再開。裏表紙書きは過去記事の余白リサイクル。

今読んでる『天佑なり』幸田真音

2018-11-03 20:09:03 | 今読んでる本

森 有礼が暮らした明治初期
神田錦町の私宅に高橋是清(和喜次)が仮宿泊していた。
『かくして外出時には 、廃刀論を唱える森の乗った馬の両脇を 、廃刀論者でありながら刀を差した和喜次と鈴木が護衛にあたるという 、笑うに笑えぬ皮肉な日々が続いたのである 。廃刀の提案は否決されても 、志士のあいだで森への批判の声は強くなる一方だった 。』

天佑なり高橋是清 ・百年前の日本国債 【上下合本版 】
平成 2 9年 2月 2 5日発行角川文庫 『天佑なり』幸田真音

是清が農商務省で特許と商標の仕組みを創り始めるころ、
白洲退蔵は、横浜正金銀行の副頭取になる。やがて是清も横浜正金銀行に行くことになるのは明治30年。この男が白洲次郎(自動車に耽溺し、ブガッティ・タイプ35やベントレー・3リットル(1924年)を乗り回していた。7代目ストラフォード伯爵ロバート・セシル・"ロビン"・ビングと終生の友)の祖父であるとされているが、おそらく血のつながりはないだろう。

1882年(明治15年)8月、白洲退蔵は、福沢諭吉と九鬼隆義の推薦により、横浜正金銀行(現・東京三菱銀行)の副頭取になる。また、翌年1月に第3代頭取になった後、3月に辞任し[7]、大蔵御用掛や岐阜県大書記官などを務めた。

 

銀本位から金本位への切り替えをちょうど銀相場が明治維新頃の半値に落ちたことは、日本の輸出競争力にとって大いなる機会到来だった。しかし松方正義(まつかた まさよし、天保6年2月25日1835年3月23日) - 大正13年(1924年7月2日)は金本位に拘泥した。それはパクスブリタニカに加わることが一流国(イングランド銀行の支配下の国有銀行)の条件であったからに他ならない。日本は明治の初めから昼間は独立自尊ではなく外国依存の背広を着、夜だけつまり自国民にむけてのみ独立国だったのだ。42歳の壮年を迎えた和喜次こと高橋是清は恩人森有礼を8年前にこの世では会えなくなっていた。明治三十年2億円の財政資金が既に不足していた日本国はいいカモだった(2億円は現在の価値にして3200億円だそうだ、GDPも現在の20分の1の時代の3200億円はとんでもない財政不足。思いのほか清国から賠償金をとることができなかった3億テールが2億テールに減額)。

杉山茂丸のような国士が伊藤博文のような国賊を殺そうと突如訪問するのも無理はないのだが、結局杉山は木乃伊取りが木乃伊になるはめに。

『『明治三年七月二十六日に 、薩摩藩士横山安武 (よこやま やすたけ、天保14年1月1日1843年1月30日)薩摩藩士・森有恕の四男として鹿児島城下の城ヶ谷で誕生する - 明治3年7月27日1870年8月23日)後の文部大臣森有礼(もり ありのり、正字体:森有禮、弘化4年7月13日1847年8月23日) - 明治22年(1889年2月12日)の実兄 )が 、新政府の腐敗を慷慨して 、時弊十ヵ条を指摘した諫書を政府に差し出し 、太政官正院の前で切腹して死んだという事件がおこった 。その十ヵ条を少し上げてみよう 。
一 、旧幕府の悪弊が新政府にも移って 、昨日非としていたことを今日では是としている 。
一 、官吏らその高下を問わず 、から威張りして外見を飾り 、内心は名利のとりこになっている 。
一 、政令朝に出でて夕べに改まり 、民は疑惑して方向に迷っている 。
一 、駅毎に人馬の賃銭を増し 、その五分の一を交通税として取っている 。
(鉄道運賃の値上げなどこれですな )
一 、政府が心術正しき者を尊ばず 、才を尊ぶがために 、廉恥の気風は上下ともに地をはらっている 。
一 、愛憎によって賞罰する 。
一 、官吏が上下ともに利をこととし 、大官連がわがままで勝手なことをすること目にあまる 。
とある。横山安武も忘れてはならない明治の人物である。

杉山 茂丸(すぎやま しげまる、元治元年8月15日1864年9月15日) - 昭和10年(1935年7月19日)は高橋是清の10歳年下だ。明治30年頃杉山はまだ33歳だ。


ところで、このような財政政策に大胆に対応できた明治から大正期の日本はだれの国であったかということがはっきりしていた。制度的には議会は存在しても、馬車に乗る天皇と薩長派閥元老が御者だった。いま御者は財務省の官僚ということになっている。横から経団連が道案内を買って出ている月刊蜜派に言わせると『 「税金は逃げられない連中から、より多く徴収すればいい。その分、法人税を引き下げ『我々』の所得を増やすのだ」 と、考えたグローバリストたちと、財政均衡主義に染まった財務省の思惑が一致してしまったのだ。結果、我が国では財務省傘下の財政均衡主義者たちはもちろんのこと、経団連に所属するようなグローバル企業の経営者たちまでもが揃って、 「消費税を増税しろ!」 と、主張しているわけである。』これは本当ではないか。グローバリストとは金が稼げれば日本国民の経済はどうでもいい人々である。つまり鞭は強く打つほど馬車が走ると信じている人々である。財務省はその道案内にやすやすと従って帳尻合わせに馬の餌を取り上げた。


世界に「日本のケインズ」として高橋是清を紹介したのが、リチャード・J・スメサースト・米ピッツバーグ大学教授 戦前の世界大恐慌の国際比較の研究が各国で広がる中で、1930年代の是清の金輸出再禁止後の日本の景気回復がどの先進国よりも早かったことが注目される。この事実を是清の生涯から説き起こし体系的にまとめた。

 

 


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