おせっちゃんの今日2

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「無茶苦茶」という言葉

2024-01-12 13:33:37 | 言葉

お正月(1月1日)、まだ、大事件は起こってなくて、のんびりと息子家族が来るのを待っていました。孫娘が結婚し、外地に暮らしていますので、お客は3人です。お屠蘇をいただき、私の手作りのお節と、お雑煮、で今年一年の無事を祈るのが決まりです。

2日・3日は箱根マラソンをテレビで見るのが恒例です。今年は、まさかと思う青学の頑張りでした。
区間賞を取った青年、記録を出した若人、誇らしげにインタビューに答えます。
今年そこで、不思議なことに気がつきました。走る若人は、インタビューに答えるのに、「無茶苦茶」という言葉を使わないのです。これは、監督の指導でしょうか。なら、ますます尊敬しちゃう。
今世の中は、無茶苦茶が無茶苦茶多いのです。普通の青年だけではありません。言葉で生きていると思われるアナウンサーまでが,無茶苦茶というという言葉をまるで、これをつけなくては言葉にならないとばかりにつけるのです。
私には、無茶苦茶とは、無残に乱暴に乱れに乱れた部屋などが思い浮かぶのです。ところが、例えばお正月でお振り袖がいいものだ、と言うような表現の時も、「やあ、君今日は無茶苦茶きれいだね」とか、「無茶苦茶エレガントだね」とイメージが全く合わないことにも大盤振る舞いです。
世の中、無茶苦茶の洪水です。全く耳障りです。

新年、1週間もたった時でしたかしら、夜中近くに、興味を引かれた番組がありました。消そうと思ってふと見て引かれた番組でした。WBCの監督を務めた栗山氏と、どこだったか、一流企業の社長さんの対談でした。栗山氏が一球、ひと振りの解説をするのです。その時の選手の感情、監督の決断、選手同士の心理戦、、、などなど。それを聞いた社長さんが、実業家として、同じと思うことと、ちょっと違う感覚かなどと、それは面白く1時間を過ごしました。

ところで、この良質の番組(と私は思ったのですが)で、栗山監督、いったい何度無茶苦茶を連発なさったことやら。私は決して彼を嫌いなわけではありません。むしろ好きで引かれる人だと言えます。でもこの言葉づかいは、・・・う~ん、改めて欲しいな。
もしも、もしも、私のこの文がお目にとまったら、(そんなことは無いと思うけど)、お節介と思われるでしょうけれど、この対談のご自分の言葉を聞いてみて欲しいと思うくらいです。きっと、監督なら、ご自分でびっくりなさることでしょう。

全く失礼なお節介、ごめんなさい。


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