おせっちゃんの今日2

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カラカラ

2020-12-24 17:26:01 | 日記

今夜はクリスマスイヴ、いよいよ年の瀬も押し詰まってきました。
小学生並みに、今年のブログは今日でひとまず終わりにします。冬休みを取って、主婦業に励みたいと思います。と殊勝なことを言いましても、結局は「ま、いいか」で終わるのですけれど。せめてごく基本だけでもお節なりと用意しようと思います。
コロナ拡大の気配の中で暮れますが、皆様ご無事な年末年始になりますように。

冷え込んでまいりましたが、お天気続きで陽射しがありがたい歳末です。でもこのカラカラ天気で水不足が言われるようになってきました。我が家でも如実にそれがうかがわれます。訪れて来る野良猫ちゃんが困っています。

庭の蹲の水がもう何日もカラカラなのです。野良ちゃんが水を飲みにやってきます。そしてがっかりしたように去って行くのです。中には沓脱石の上にちょこんと姿勢を正し、「ねえ、お水入れてくださいよ」というように部屋をのぞき込んだりするのです。
わが家ではこの野良ちゃん一家が庭の乾いたところに糞をしていくので、好意は持っていません。どちらかと言えば追い払いたいのです。それでもその訴える姿には心が痛むのです。でも、水は入れないのです。冷酷だけれど。

友人に、飼い主を失った野良の犬や猫を保護して新たな飼い主に渡すボランティアをしている方があります。その方から言われたのですが、ずっと水をやり続ける意思があるのならやって欲しいのだけれど、気まぐれならやってくれないで欲しいの。この子たちは、あてにしますから。他を探す努力を失いますから、とのご注意でした。思い悩むのです。

今年最後のパソコン教室に行ってきました。今日は自由に質問をして自由にやりたいことをやっていいことになっています。私は、スマホ使用が友人たちの遅れをとっています。やりたくて出来ないことを教えていただきました。

ラインに送られてきた写真を、ブログに使いたい、という技術です。帰宅して習ったことをおさらいしました。うまくいきましたら拍手ご喝采。
この写真は、娘Maが送ってきたものです。ずいぶん遅れてのアップですが。近くの山の斜面に、銀杏がハート形に黄葉しているのだそうです。面白いので教材にしました。

皆様良いお年をお迎えくださいませ。

 


壁にぶち当たった時に

2020-12-23 14:28:55 | いろいろ

朝日新聞・文化文芸ページに私のすきな記事があります。各界の専門家が書いている回り持ちのエッセイです。今日は解剖学者の郡司芽久氏でした。(以下、エッセイの要所をおせっちゃんが勝手に要約しています)。

地球上にはいろいろな生き物がいるが、進化の過程でむちゃくちゃに姿を変えてきたわけではない。生き物の身体には基本形がある。
あれだけ首の長いキリンでも首の頸椎は人間と同じく7個である。哺乳類の”頸椎は7個”という基本形は2億年も続いている。

ところが研究して見ると、キリンには8番目の首の骨とも呼ぶべき奇妙な骨がある。「胸椎」という胸の骨の一部が特殊化して、首の骨のようによく動くようになっているのだ。
「頸椎は7個」という基本は維持しながら、「良く動く胸の骨」を獲得して高所の木の葉にも、地面の水にも届く柔軟な首を手に入れたのだ。

先に、区民センターの植物教室で(感染拡大防止のために縮小版で)「お散歩植物学」という身近な植物のよりよく生きようとする方法を学びました。その時講師がおっしゃいました。「こういうお話をすると、大抵の人が、植物って賢いのですねえ、よく考えてうまく生きるのですねとおっしゃいます。それは少し違います。植物は動物と違って動けませんし、考える脳細胞もありません。でも、よりよく生きるように進化しています。これは、この植物が変わっていくのではなく、なるべく広く、数多くの子孫を残します。その中から、環境に適合しているものが生き残り、また多くの子孫を残すのです。そしてまた適合力のあるものが・・・。この繰り返しで、残っていくのです」と。

郡司先生のエッセイに戻りますが

自分の力ではどうしても変えられないルールがある。壁にぶっつかったその時に手持ちのカードを駆使して目的を達成する方法を考えることだ。逃れられない制約の中で、獲得される8番目の首の骨。人生でもそうしたことはあるある。

 

 


知らなかった季語

2020-12-22 14:58:27 | 言葉

日経新聞12月20日「春秋」より。

昨日21日は昼間が一番短い冬至の日でした。東京は夕方5時にならないうちに真っ暗になります。山口県で育った私には、この早い夕暮れが何年たっても馴染みません。えっ、もう!?と驚くのです。
まだまだ今からが冬本番なのでしょうが、今日からは一日一日日が長くなると思うと心強いことです。

あと10日ばかりで、今年も暮れます。一年でたまったすすを払って、新年を迎える、「すす払い」が年中行事です。「すす払い」は冬の季語です。ここ迄は知っていました。知らなかったのは次の季語のあることです。
「すす払い」に対をなす言葉が「煤逃げ」だそうです。掃除の足手まといになるのを避け、時間をつぶすことを指すのだと。

煤逃げの人もいるらしジムの混む 須賀敏子
先生や屋根に書を読むすす払い  夏目漱石

現在では、男もこうしてはおられないですよねえ。先頭切って働かなくては!!

大掃除では、思わず見つけて見始めて、作業が止まることもある、と春秋の後半では言っています。実家にいた頃のこんな風景を思い出します。

家屋はほとんどがが日本家屋です。我が家もそうでした。部屋は全部畳敷きでした。今の家屋より床が高く、床下は外から自由に出入りできる空間になっていたと思います。畳の下の床も、土台の木材に、板を置いただけでした。
年末に大掃除をするのではなく、真夏か、秋口日和続きの時かが大掃除の日でした。畳を全部上げて、外に拝み合わせに立てて日に当てます。3時ともなると細竹を鞭にし、バンバン叩いて埃を出すのです。
一方、家の中は、床板も3・4枚ずつくらい重ねて風を通していたのを元通り敷き詰めて、畳を入れるのですが、その前に大事な手順があります。広げた板の上の畳の継ぎ目が来るところに、新聞紙などの紙を敷きます。その上に、DDTという殺虫剤を真っ白になるほどまくのです。のちにDDTは身体に害があるとしなくなりましたが。ノミ対策です。
戦後の生活で、忘れられないのが、このたたみの下のDDTと、シラミ退治のため、髪の毛に遠慮会釈もなく撒かれたDDTです。

というわけで、次、1年経ったとき、見つかるのが新聞紙や雑誌のページなのです。これが「煤逃れ」の種になるのでした。


懐かしいお店

2020-12-21 16:26:26 | いろいろ

「小よく大を制する」。小気味いい勝負を応援する気持ちが湧きたちますけれど、これが中なかなか難しいことです。お相撲で、炎鵬が勝つと割れんばかりの拍手で盛り上がるけれど。

わが家は都心に出るのに電車3駅が使えます。便利ですが、その駅近の商店街はどれも小規模です。スーパーや、ちょっと離れているけれども下北沢などに客を奪われるのか、個人商店がだんだん消えていきます。
生きのいい魚で客を呼んでいた魚屋さん。小さいながら文化の香りのした本屋さん。子どもたちの学用品を引き受けてくれていた文房具屋さん。センスは首をかしげたくなるようなものでしたがお買い得の衣料を積み上げていた便利なお店。どれもこれも、店主が歳をとって、次の代に引き継ぐことなく店じまいしてしまいます。また、折角若い人が後を継いだのに、癌などの病で亡くなったとかでの店じまいもあります。

そんな中で暮らす私にとっては、ちょっとしたものを手に入れるのが困難になります。ここしばらく燃えないゴミを入れておく蓋つきバケツと、洗濯物干し・・洗濯ばさみがぶら下がったもの・・が古くなって風化して壊れてしまったのでした。3カ所の商店街には荒物屋さんが無くなっています。下北沢にはあったなと目指していきましたが、無くなっていました。
エ~っ、ゴミバケツを買いに澁谷にまで出なければならないの?買い物難民だ~。コロナ感染防止、ばあさんがでかけるのもな~。

昨日M大前のかかりつけの美容院に行きました。帰りにいつもは通らない道を通ってみました。
あった!!店頭に望んだバケツが鎮座した荒物屋さんがあった!!

バケツ1個・洗濯干し3個、途中で夕ご飯の買い物も済ましたい。一人で持つのはきついなあ、配達はしてくれるのかしら?
恐る恐る若い主人に訊きました。「いたします」。「それでは戴くわ」ほっとしました。

大規模な店ではありません。整理はしてあるのでしょうが狭い店に所狭しと商品が積み上げ並べてあります。店番は若い衆と言っていいほどのお兄さん。洗濯干しも2種類ありましたが、それぞれの特徴を値段を絡めて分かりやすく説明してくれる。もう半世紀も前にはあった、まさに古き良き時代の懐かしいお店でした。
もう夕方でしたし、「無理なら今日の配達でなくてもいいですよ」「いいえ、今日行きますよ。ただし、店を閉めてからですから、9時過ぎになるかなあ、それでいいですか」とのこと。OK、OK.

9時過ぎ、約束通り来てくれました。配達料など少しも請求しませんでした。本当はこんなお店が住人にはありがたいのだけれど・・・。

 


歩く

2020-12-19 15:46:24 | いろいろ

脊柱を圧迫骨折をしてからもう2年半になりますが、今でも骨量を増す注射と、リハビリに通っています。
リハビリの孫のような若い先生は「どうしても痛みがあるときは無理はいけませんが、生活の基本は歩くことです。なるべく歩いてください」とおっしゃいます。
私はこの病を得る前からウオーキングはやっていました。近くに区立の公園があって、ウオーキングは楽しいのです。以前は周回路を5周で往復を加えて4キロばかりを日課にしていましたが、今は3周で自重しています。リハビリ先生はマッサージをしながら「おせっちゃんはよく歩くように努力なさるから、脚が細くなっていません。優秀です」と言ってくださいます。

こんな私の目に「折々のことば」が目につきました。

確かに歩くことは身体の動作としていい効果があることは実感できます。少し足が痛いと思っていても、頑張って歩いてみるとかえって状態がよくなることが度々です。先生は「動くと筋肉や筋は柔らかくなりますから」とおっしゃいます。

山本貴光氏のおっしゃる通り、頭の働きにも効果があるようです。歩きながらブログの文章の下書きをしてみたり、自由律句を作って見たり、思いがけなくすらすらまとまることが確かにあります。最近こんな句が出来ました。

投げ上げる蹴散らす寝転ぶ 子等の落葉溜

息子のKはマラソン・ウルトラマラソンに力を入れています。彼は子どもの頃文章は何とも幼稚でした。
朝起きて、ご飯を食べて、学校へ行ってきました。夕方まで近所で遊びました。面白かったです。的などうしようもない文でした。

それが走るようになってから、かなり文が書けるようになりました。彼のfacebookの文を夫と読みながら、上手くなったねえ、進歩したねえ、と親馬鹿で褒めるのです。

「歩く」と同様に、一人で夜を徹して走るときなどいろいろ考えるのでしょう。思索が深くなればおのずから文は味が出てきますよね。