ですから、監督はこういう人でなければなりません。
すなわち、非難されるところがなく、ひとりの妻の夫であり、
自分を制し、慎み深く、品位があり、よくもてなし、教える能力があり、
酒飲みでなく、暴力をふるわず、温和で、争わず、金銭に無欲で、自分の
家族をよく治め、十分な威厳をもって子どもを従わせている人です。
(テモテへの第一の手紙 第3章 2から4節 )
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これは司祭の条件である。
そしてそれだけにとどまらずすべてのクリスチャンが目指すべき
目標である。
すなわち主イエス・キリストご自身のことである。
父と子と聖霊なる主の御前で、この子なる神主イエス・キリストの御名によって
主の愛と正義と自由をこそ祈り求めよう。アーメン。
主の愛と正義と自由をこそ祈り求める生命体(心と魂と肉体をもつものすべてを指す)として
生かされよう。
主イエス・キリストの御名によって。アーメン。
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↓:せいめい
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