お遍路を始めて7日目、写真は上から、羽根岬PA近くで見た夕日、25番津照寺の山門と仁王様、26番金剛頂寺の仁王様と本堂。
室戸岬を廻り、26番金剛頂寺を参拝し、海沿いに走り、夕日が落ちた後のこと。
国道55号は車の通行量が多かった。
通勤の時間帯に入ったのだろう、その数は増すばかりだった。
夜道を走る上に、時折歩道が無い時もある。そこで、朝貰った道具を付ける事にした。
今朝、仮設遍路小屋で地元のおかあさん達に接待を受けた時に、「夜走るんだったら、これをあげる、車道は危ないからねえ」と肩掛け式の反射帯を頂いた。
その反射帯を後ろから来る車から目立つようにザックに装着して走った。
走っても走っても町の明かりが見えない。
疲れたからと走るのを辞めたくても、だからといって許してくれる訳でもないし、安堵できる場所がある訳でもない。
夕日の残り火が消えるまでとにかく走った。
足は限界、ペダルを漕ぐ力も無くなっていった。
そうこうして、痛い膝が限界に近づいた時…
不思議と誰かが背中を押してくれているかのように自転車が進んでいった。
その何分か後、奈半利の町の明かりが目に入ってきた。
あーっ!と再び足に力が入り、明かりを目指した。
あれは、暗くて道が見えなかったけど坂道だったのか、
強風が後ろから吹き続けたのか、
ランナーズハイに陥っていたのか、
理由はわからないけどすごく心地好かったのは覚えている。
奈半利の町に着いた頃は、もう真っ暗だった。安芸まではまだ15km近くある。
安芸まで行く体力ももう無い。
諦めて、ここまで来る途中の看板で見かけた、奈半利にある温泉施設「二十三士温泉」に向かった。
18時過ぎ、二十三士温泉に到着。
荷物を受付に預けて、温泉を堪能した。温泉施設は新しく、お風呂も多いし、最近よくあるような温泉施設だった。
風呂上りに、温泉施設のレストランで晩飯を食べた。
食後はこの次の予定を決めかねていたので、閉館近くまで休憩所に座っていた。
二十三士温泉を出た後、野宿する場所を探した。
まず、奈半利駅前に行った。
駅前には舗装された広場と公園があって、これはいいかもしれないと思った。
しかし、路上にタイヤの後がある、これはよからぬ連中の夜な夜な集会場の証拠。危険を感じた。
後日談だが、横浪半島の国民宿舎で同部屋だったFさんは、ちょうどこの場所で野宿して色々と大変な目にあった、と話していた。
公園前でこれはやばそうだなと悩んでいると、若い男性が声を掛けてきた。人がそんなにいる所でもないし、こんな時間になんだろう?と思って接してたら、宗教の勧誘だった・・。
駅前を離れ、道の駅「田野駅屋」に行った。
ここもトイレがあるばかりで、国道前で、車の往来も多いし、野宿をするには少し不安だった。
海岸沿い、波音を聞きながら砂浜でテントを張ることも、夜になる前は考えていた。
しかし、海岸沿いの砂浜は夜になると真っ暗になる。
暗闇の中で、自転車をどうするか、テントを張れるようないい場所をどうやって探すか、波もどこまでくるかわからない、と不安要素が沢山あったので、夕日が落ちた時点で、海岸で野宿する事は諦めていた。
二十三士温泉前の奈半利川河畔に公園がある。野宿するならここがいいかもと、温泉を出るときに考えていた。
他の場所を見て廻った後、その公園にしようと決断した。
コンビニで、ビールとおつまみを買って、その「二十三士公園」に戻った。
二十三士公園に戻り、テントを張れるような場所を探して、奥まった丘の下にライトを照らしながらテントを張った。
テントの中に入ると風が吹いて少し寒い。ビールを飲んでも体は温まらない。
川沿いなので風が強いのだろう、寝袋に入っても風がテントを打ちつける音がうるさく、お酒を飲んでも気分が落ち着かなかった。
我慢できず、少しでも風が弱い場所にテントの場所を変えようと思い、テントから出て、テントを移動した。
移動してすぐの事、先ほどテントを張っていた公園内の構内道を軽トラックが通った。
もう少しテントの場所を移動するのが遅ければ、車に轢かれてたかもしれなかった。
車に轢かれてたら、そんな間抜けな話はない。
その後は、「いつ何があるかわからない」とビクビクしながら、テントの中で横になっているだけだった。
ただじっとしているしかなかった。寒かったし。
そうこうしてる間にいつのまにか寝ていたが(1時間程度)、空が青くなり始めて、ようやく安心してテントから這い出した。
朝日を拝んで、
昨日はうっとうしいくらい暑かった太陽に対して、「ありがたい」と心の底から感謝した。
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