『笛物語』

音楽、フルート、奏法の気付き
    そして
  日々の出来事など

フルート奏者・白川真理

「にくの会」

2021-06-27 02:08:10 | 俳句
高校の同窓生有志による俳句の会「にくの会」。


美味しいお肉でも食べながら、俳句を2句ほど詠んでみんなで遊びましょう、というとても敷居の低い会として始まったものの、既に10年を超え、メンバーの技量は素晴らしいものになり、さらには、NHKの俳句の番組でご指導もされている対馬康子先生が同窓だからというだけのご縁で、毎回康子先生の選、ということで選んでくださるという、とても贅沢な会。

不真面目部員としては、ちょっと肩身が狭い。

コロナになってからはリモートでの開催となって毎月続いています。

本業が忙しいと、投句はパスしてしまうし、投句もいつも締め切り間際にササっと思いつきで詠んで、という感じなのですが、毎回、皆様の句を見たり、また感想をいただいたり、選んでいただけるのは楽しく嬉しいものです。

最近は上位入賞?からはめっきり遠ざかっていたのですが、今回、初めての康子先生の特選★★★をいただきました。

過去10年、何度か1等賞や2等賞になったことはありましたが、康子先生の特選をいただいたのは初めてで、とても嬉しい!

初めて康子先生にお会いした折、祖父が高浜虚子主宰の「ホトトギス」の同人だったということをお話したら

「ホトトギスの同人になるというのは、俳句をやる人間にとっては、それはもう、とても誇らしく大変なことで、お赤飯焚いて周りに配ってお祝いする、というくらいのものだったんですよ。」

と御教えくださり、驚いたのですが、まさに、そんな気分。(大げさ・・)

その句は3名から賛同をいただいたもので、

夏空をギィと軋ませ尾長鳥

今の住処に30年前に越して来た時、初めて尾長を見て、「青い鳥?」と驚きました。
また、そのノーブルな姿に似合わないだみ声にもびっくり。でも好きな鳥です。
兼題の「長」の句が浮かばず、投句当日に歩いていた時、数羽の尾長に遭遇し、生まれた句です。ありがとう尾長。

・・夫からは、「・・そのまんまじゃないか・・」と言われ、それもそうだなあ、とも思いましたが、まあ、尾長の鳴き声が夏空を軋ませる、という比喩が良かった、ということで。

・・尾長が鳴かずとも、コロナとその対応策の迷走で、もうずっと空は軋みっぱなしだ・・

以下、この半年程の拙句です。★は康子先生の並選、★★★が特選。

(昨年12月)
(猫ちぐらが欲しくて検索しつつ詠んだ句。結局ダニの心配もあり購入はしないことに。)
マニキュアもせずに一年はや師走(1点)
日向ぼこ満員御礼猫ちぐら(2点)
点描の山の端遠く冬ざるる


(2月)
(直前にピピと遊びながら詠んだので全部猫)
猫という甘き名前や春来たり(1点)
腕(かいな)越え弾む塊春の猫
猫の子の耳毛振るわせ風そよぐ ★

(3月)
(締め切り直前の深夜、お腹がすいている時に詠んだので全部食べ物)
ランチにはワインも飲もう!風光る(3点) ★
蕗味噌をちょちょんと載せて朝餉かな(3点)
塩振ってえんどう豆の御飯かな


(4月)
(パソコン故障で、2句のみ。間際に詠んだ句)
春風やエーテルブルーの空抜ける(1点)
(CD[エーテルブルー」発売直前の句。アーティストYさんからの特選をいただき嬉しかった。)

脚生えた蝌蚪干乾びて哀れかな
(兼題がおたまじゃくし。あまり馴染みもなく共感が持てず、干乾びさせてしまいました。あぜ道やモズのはやにえの様子。「哀れ」が安易すぎた・・)


(5月)
(締め切り日を忘れていて、10分前にあわてて詠んだ句)
紫陽花は夢と現の霧を食む(4点)
(紫陽花はきれいだけれど、不気味さも秘めている。喰むにするともっとよかったかも。結構気に入っている。パっと閃いた句。)

桜餅葉っぱ食べる派食べない派?
(0点・・番外。兼題が「葉」でこれしか思いつかなかった・・川柳ですな・・)

四姉妹揃い賑わう浄土かな(1点)
(季語はなし。母の末の妹の訃報を受けて。仲良し4姉妹がみなあちら側でかしましく。)



(6月)
夏空をギィと軋ませ尾長鳥(3点)★★★

夏至夜風千の記憶を運び来る(2点)
(湿り気を帯びた風は沢山の香りを運んできて、それが沢山の記憶を思い起こさせる、というプルーストみたいな句を詠みたかったのですが、上手くいきませんでした。
  「夏至夜風千の記憶の香りかな」の方が句糸に近いか?)


空仰ぐ猫のまなこに夏の月(2点)
(ピピの実写句。澄んだ瞳に映る月。空がもったいなかった。
「風を嗅ぐ猫のまなこに夏の月」?「夏至夜風猫のまなこに月映る」?)





寝る子は育つ

2021-06-25 21:42:51 | ピピ
我が家に来た当初は、遊んでばかりいて、あまり眠らない猫でした。

やんちゃ盛りの子猫だったということもあるかもしれませんが、今から思えば、ピピはピピなりに、まだ緊張していたのかもしれません。

最近は、以前よりも、よく眠っています。

ようやく、安心して「うちのこ」になってくれたんだね。

まさに「寝る子」で「ねこ」。

朝と夕方、そして、晩御飯を食べた少し後は元気いっぱいで、

「遊ぼう!」とばかりに一声「ニャア」と啼いて、お気に入りのピンクのねこじゃらしを咥えて、いそいそとやってくる。

でも、それ以外は、ふと気付くと、床やソファーの上で、スヤスヤ。

毎回、微妙な変化があり、そのどれもが、とても可愛い寝姿なのですが、そのほんの一部をご披露します。

猫自慢ご容赦を。

 









第107回 音楽家講座 in 鶴見 6月22日(火)

2021-06-24 00:04:26 | 音楽家講座・甲野善紀先生を迎えて
今回も時短開催となりましたが、熱心な参加者の皆様のお陰もあり、充実のひと時となりました。

甲野先生の動きはさらに気配のない不思議なものになっていて、沢山の?が飛ぶ。

「人間は、とても優れた感覚を持っているから、『アッ!?』というほんの一瞬の時間でも、何か違和感を感じると危険と判断して、身をよけてしまうんですよ。その時に立っているための釣り合いが崩れ、倒れないようにするために、それを立て直すことに専念してしまう。どんな深刻な悩みを抱えている人でも、転びそうになると誰でも咄嗟にそれを立て直そうとするものなのです。」

納刀での動きの解説をしてくださり、

「身体の全てが留まることなく動き続けている訳です。」

「そうした動きに通常、人は出会ったことがないから、触れた瞬間に、危ない!?、と判断してそれ以上の被害を被らないように、動いてしまうのです。」

・・結果、崩される、というか、最早「勝手に崩れる」という状況・・

初参加のKさんを相手に

「私がこうして、やってやろうとしたときの動きは、感知できるし、予想できるので、みな、止めることができますね。」

と実演。

「でも、・・お名前は?ああ、Kさんですね。kさんの分身、つまり顔を半分ずらしたくらいのところにいるもう一人のKダッシュさんを崩しにいけば・・」

その時の動きが、納刀。

足元から崩されるKさん。

摩訶不思議な世界でした。

「マラドーナが伝説的なゴールを決めた時に、何人もが止めに来たのに、みな総崩れだった、というのは、おそらくボールを蹴って走っている彼の動きが、こうした全てが留まらない動きになっていたので、みな、触れた瞬間に、勝手にバランスを崩して倒れたのではないかな、と思いますよ。その時にマラドーナは決して無理に相手を払ったりしているようには見えなかったそうですから。」

という逸話も。

「音楽でも、この少しだけずらす、というのは大事なことですね。人は気持ちよく予想が裏切られると魅入られるのではないでしょうか。もちろん、そのズレ方が酷過ぎると、それは興ざめとなる訳ですが・・」


後半は、初参加の大学生Aさん。

「心と体への移動の影響について」

こんなこと考えてみたこともなかったので、とても面白かったです。

野球の修行?でアメリカに行く飛行機の中で、急に自分の何もかもが組み変わって、別人のようになってしまった感覚を味わったのだそう。

そして、その後のアメリカでの成果は、かつてない程の目覚覚ましいものがあった、と。

「デジタル化の現代、生身の人間に残された唯一の抵抗手段は実際に移動する、ということです。」(意訳ですみません)

という甲野先生の盟友、精神科医の名越康文先生の言葉を引いての質問。

甲野先生も、2006年、ヨーロッパのダンサーの講習会に招かれた日々を思い出されておいでで、やはり同様の感覚があった、とのこと。

「自分自身が走っている訳でなく、ただ座っているように見えても、実際、乗り物に乗っての移動というのも、相当、大きな影響を及ぼしていると思いますよ。ただ、それに気付く人の方が少ないのですが・・」

気付かなかった私には、とても新鮮なやり取りでした。

その後、アメリカで成果が上がったというのも、「移動」による意識と身体の変容が進み、それを的確にキャッチされたこそではないか?とも感じました。

先生のよく仰る「我ならざる我」にも通じる。

トライアスロンの方には走る時に、微妙に手指を動かすといい、とご助言。

やってみると、本当に腕が軽くなる。

・・フルートも、いつも指は動かしているようだけれど、そういう生の動きではない。

動かしているつもりでも意外に止まっている瞬間も多いことに気付かされました。

「身体全体が留まることなく常に動き続ける」

というのは、かなり至難の技だ。

ピアニストからは左手オクターブの連打。

日本人女性や子供の小さな手にとっては、オクターブというのは大変だと思う。

それを連打なんて、身体に悪すぎる、と他人事ながら思います。

エマニエル・バッハも、「そういうのは、手を痛めるのでやめて、場合によっては弾かない」と書いているくらいだ。

しばし、その様子を眺めた先生は・・

肘周辺のとある箇所を意識するようにとご助言。

それだけでも、ピアノの響きが変化し、連打の音が引き立ってきた。

さらに、その箇所に紐を巻いたところ・・

「不思議なくらい、動くんですけど・・」とピアニストのOさん。

粒立ちもはっきりし、クリアな連打が心地よい。

私がすぐに思いついたのは、薬指からのばすやり方と、「火焔」の手の内で左半身を繋げて、というもので、それも使えるだろうけれど、ずっと、この肘の使い方の方が洗練されている。

「浮き構え」にも通じている腰からの連動も作用しているのだろう・・

最後は、親指を使った回転で、みんなで楽しく実践しているうちに、時間となりました。


出待ちをしてくださった皆様とも色々な会話。

「田植え」をされているギタリストIさんからは田圃から足を引き抜く時のコツ。

ゴム長でやっているのだそうですが、それを裸足にして、足指を開いて踏むようにして、抜く時にはすぼめて、と即答。

・・なんで、そんなこともご存じなのでしょう・・?

少しやってみたくなりました。
子供の頃は、よく水たまりに裸足で入って叱られていたことを突然思い出す。

また五十肩には、脳梗塞になるのを予防しているという効果もあるのだそう。
なので、上手く通過させるのが良い、とのこと。

痛みがあるのは困るけれど、身体とは本当に不思議なものだなあ、と驚きました。

そういえば、20年程前だったか、夫が急に五十肩なって大騒ぎ。
漢方薬など、色々試しましたが、全く効果なし。
気休めに病院から出されたビタミン剤など飲んでいたかも。
それが、ある日突然フっと症状がなくなった。

元々、脳梗塞の多い家系だそうなので、そうした関係もあったのかも。
あの時なっておいて良かったのね、と今頃ほっとしました。

・・・・
写真は、オクターブの連打が凄くラクになる紐。




先生の抜刀の姿はあまりに美しく、魅入ってしまい、写真のことを失念。すみません。

次回は同会場(鶴見区民文化C.サルビアH.3階音楽ホール)にて7月20日(火)です。・・今度こそ、通常開催できると良いのですが。

どうぞお越しくださいませ!





(告知)22日(火)鶴見の音楽家講座は時短開催となりました。

2021-06-18 10:05:01 | 音楽家講座・甲野善紀先生を迎えて

横浜市の「蔓延防止等重点措置」が7月11日まで延長されることとなり、
それに伴い22日(火)の

音楽家講座~甲野善紀先生を迎えて~

は時短開催となりました。
18時15分~19時45分、18時開場、3000円(会場内で徴収いたします。)
横浜市区民文化C.サルビアH.3階音楽H.

どうぞよろしくお願いいたします。  白川真理


フグの歌

2021-06-16 23:46:36 | 音楽・フルート
甲野先生のメルマガを出している出版社「夜間飛行」の編集者Tさんとは、もう17年以上、つまり、甲野先生と同じ年数のお付き合いとなりました。


私のリサイタルなどにもよく来てくださり、淡い交流が続いています。

そのTさんが贈ってくださった、とてもレアで濃い本。

厚みも4センチくらいあり、知らない単語がこれでもか、というくらい並んでいて、ちょっと読むのには難儀しましたが、とても面白い。

理解はできなくても、何か読むだけで、いやもっと言えば変な話、手に取っただけでも、何かしら妙な力が授かってしまうような、そんな本です。

「白川さん、とにかく、(著者は)物凄く、いろんなことを知っている人なんですよ。
そもそも、歌は人間だけのものではなく、その始まりは・・なんだと思いますか?」

話の流れから推測する。

「・・クジラとかですか・・・?」


「・・・フグなんです!」

「・・えっ!? せめて、クジラとか、イルカとかでしょう。・・フグ??」

「はい。フグとか、あとアンコウなんかも・・とにかく読んでみてください!」

というのが電話で交わした会話。

著者の開催しているワークショップの動画などもあり、観てみたのですが、あまりにぶっ飛びすぎていて、ちょっと私の範疇ではないかな、と引いてしまったのですが、この本は、本当に面白かったです。

瞑想する時に、ずっと同じ波長の電子音が流れると、気になってイラっとなり瞑想できない、という体質であることも、引いてしまった理由。電子音、嫌いだ。

あと、著者の相貌や声が、やや苦手なタイプという、非常に個人的な偏った趣味に基づく「好き嫌い」の問題。

こればかりは、もう理由はなく、「お刺身と梅干が嫌い」(本当です)という食べ物の嗜好と一緒で、本当に申し訳ないことだけれど、致し方ない。

縁がない、ということなのだと思います。

でも、著者自身への共感は湧かないし、この本の内容も、訳はわかんないけれど、とても面白かった。
記されている「専門用語」の羅列の殆どはわからなかった。
ちょっとケムに巻かれてしまって、ああ、それで?と言いたくなる箇所が多い。

でも、気になったところは、そのワードを検索して、と辞書的に使えば、知識が増える。

結局のところ、要約すれば最も重要なことは、パフォーマンス時における「意識変容」ということなのだろう。

それは甲野先生の「我ならざる我」にも通じる。

・・・・・・・・・・・・・・・

そんな、ちょっと醒めた読者であったにも関わらず、読後のご利益も多々あった。


それはいずれも呼吸に関する新たな気付きが2つ。

古今東西の「音楽」の様々な情報の辞書としても使える。

影響されて、ドリア旋法のソロ、そしてカノンも作ってしまった。



「白川さん、クラッシックなんて、ほんの一時期のヨーロッパという一地方の音楽なんですよ。

これからは、もっと古今東西の本当の名作を演奏なさっていくといいと思いますよ。」

と何度も仰っていた関根秀樹先生の言葉を改めて思い出しています。

ピグミーの対位法も、グレゴリオ聖歌も、ホーミーも、みな関根先生に教えていただき、初めて知った。

でも、私は、そうしたことを踏まえた上で、本来の原始のエネルギーを内包するクラッシック音楽をやりたい、と思いを新たに。

バッハの音楽にも、そのご先祖がかつてハンガリーで奏でていたであろう、土着的旋律が見え隠れすることも多い。

それにしても、

・・フグねえ・・

フグは海の中で、どんな歌を歌っているのだろう・・

魚同士が電気信号でコミュニケーションをとっている、ということは以前、聞いたことがあり、それも驚きでしたが、さらに歌??

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

『野生の声音 人はなぜ歌い、踊るのか』武田梵声 著 夜間飛行出版


まさに古今東西にわたって、歌謡、芸術の起源を探求し、現在に至るまでを描く驚くべき書物。
――養老孟司


この本を出した出版社は、本書によって100年後にも、その名を残すかもしれない。
――名越康文