『笛物語』

音楽、フルート、奏法の気付き
    そして
  日々の出来事など

フルート奏者・白川真理

親不知撤去手術

2023-05-29 21:12:53 | 日常
64歳になって生えてきた右下奥の親不知

https://blog.goo.ne.jp/pipipipi/e/f5584e2ef18c987fc7127c7d8ffbd882


今日はいよいよ撤去手術。
やはり緊張していたせいか、早朝6時に目が覚めてしまいました。

手術後は動けないかも、と家の掃除と、サラダと御御御付を作って、ピピにブラシして、遊んでやって、と結構忙しく過ごしました。

もちろん、朝ご飯も普段よりしっかり食べた。

11時に歯医者さんに到着し、体温チェック、PCR検査の後、いよいよ・・

最初に麻酔注射の痛みを軽減するための塗布する麻酔。

これはフレーバーがイチゴ、マンゴー、ミントなど5種類程あり選べるので、ミントを希望したところ、看護師さんから

「実は一番効き目があるのが、最近出たバナナなんですよ~」

「ああ、じゃあそれで。」

そりゃあ、効き目が良い方がいいに決まってる。

最初に、術後麻酔が切れる頃に効果がある様にと、痛み止めの薬を飲み、開始。

ドリルの音と、唾液を吸うための機械の音がお互いにマスキング効果があるのか、音もあまり苦ではなく、顎への衝撃も少なかった。

なにより先生が「次は押しますよ~」「順調に進んでいます!」等、実況中継の声掛けなどしながらやってくださるので、安心感もありました。

撤去された親不知も見せていただいたのですが、これも根本の方が虫歯になっていて、悪さをしていたのだろうということ。

そして思っていたよりも短い時間で終わったのが有難かった。

実質20分もかかっていないのではないかしら。あっけないくらい。

術後の諸注意が書かれた紙をもらい、会計を済ませる。

抗生剤、痛み止め、とても痛くなった時のための痛み止め、胃薬、などを処方され、隣の薬局で受け取り帰宅。

親不知の治療は結構保険が効くそうで(3割負担)、費用は手術が4550円、薬が5日分で820円。

こちらも、体験した施術の大変さに比べるととても安く感じられ、有難い。

麻酔が効いているうちにお昼ごはん。

レトルトの鳥と卵のおかゆ、ノンアルの甘酒、昨日の残りのカマンベールに加えて、コラーゲンドリンク。

これはファイテンのもので、この手の継続系サプリ等は腎臓への負荷が増えるんじゃないか?とも思えて、普段は飲まないのだけれど、コラーゲンは美容だけでなく身体の修復に効果がある、と以前聞いていたので、きっと術後の回復には良いに違いない、と用意しておいたもの。

食後に薬を飲んだら、流石にどっと疲れが出て、2時から6時まで4時間眠ってしまいました。

夜は卵のおかゆとザクロ酢のゼリー飲料。

麻酔が切れた分、昼よりは食べるのに難儀したので、やや少なめ。
しまった!?御酢だと沁みるかも?と心配でしたが、これも注意して左側だけで飲むようにしたので、そのようなことはなく大丈夫でした。
果物やサラダが食べられないので、ビタミン補給。

今は食後に飲んだ痛み止めが効いてきたところなので、これからアイスクリームです。

何より昨年末からずっとあった右半身のダル重い感覚と強い首肩のコリが久々になくなってせいせいしている。

右腕の可動域も増え、痛みもなくなりました。
とはいえ、これは痛み止め・ロキソニンの効果による対処的なものかもしれないので、ぬか喜びしないように。

今のところ、全く腫れもないし、熱ももっていない。
出血も止まっている。

確か40年前の左下親不知撤去の時は、その日からずっと大きく腫れて10日間、つばを飲み込むのも辛いくらいの痛みが続いていたのですが、今回は、こうやって、パソコンを打つくらいの元気さです。

この40年の技術や治療法の進化に、そして良い先生にやっていただけたことに感謝です。

あと、奥底からせっせと上まで移動して生えてきてくれた親不知にも。



対比

2023-05-29 00:02:47 | ピピ
「対比」は芸術作品における重要な要素の一つである。

絵画における光と影。

音楽における弛緩と緊張の様に。


「・・・・対照的だよね・・・」

と夫につぶやかれた。

確かに、あまりの二者の表情の違いは明らかな対比を成している。

光と影、弛緩と緊張の鮮やかな対比・・・


若干飲んで上機嫌でピピを抱っこしている私の表情に比べて、ピピはといえば・・

虚ろな眼差しは宙を彷徨い、何かを耐え忍ぶ様な風情?









ドラマで、よく酔っぱらったお父さんが、子供にチョッカイだして、お母さんから窘められるというのがある。

実際、私も子供の頃、普段は厳格でとっつきにくい父がやたら饒舌になって、という事もあったなあ、と薄っすらと記憶している。

さらには、夫も。
夫は日頃からお喋りなのだけれど、
ゴルフの後の「反省会」とやらで飲んでくると、もう煩い煩い・・。

似たり寄ったりのことをして、ピピに迷惑がられていたとは!?

でも、もう今後やらないか、と言われると、それはまた別問題でやってしまうと思うんですけどね。

・・・・・・・・・・・・・・・

いよいよ明日は親不知撤去手術。
レトルトのおかゆやゼリー飲料、アイスクリーム、夫と息子が自分たちでも簡単に支度できる様な、普段スーパーでは買ったことのない冷凍のおかずなどをたっぷり買い込み備えました。

仕事も念のために10日間ほど全てのスケジュールを移動し療養期間に。

本屋さんで数冊面白そうな本も買ってスタンバイ。

今日は、最後の晩餐という程ではありませんが、色々ととり揃えて、ワインも飲んだ。

しばらく美味しいものが食べられないというのが一番嫌だけれど、これがダイエットのきっかけになれば、と薄っすら思っています。




春の着物

2023-05-26 00:00:41 | 着物
なるべく同じ着物に違う帯、というので遊んでいます。

・・手入れもラクだし・・

冬の間は細かい亀甲で模様が織り出された藍結城。
ふっさりと暖かく冬には最高の着物です。

そして、やはり春は大島。
ツルっとして涼し気で、雨にも強い。

ショックだったのは、昔あんなに似合っていた白大島が太ってしまったため、すっかり似合わなくなってしまったこと・・
この春は一度も着ないままでした。

白い着物だと、雪だるまみたいになってしまいます。
あと、あれね。ゴーストバスターズにも登場したミシュランのタイヤのキャラクター。

逆に、昔はちょっとよそよそしく感じていた泥藍の大島が妙に馴染むように。

これは私が小学生の頃、母が着ていたのを覚えているので、もう54年前の着物。
同級生の女の子の家が呉服屋さんで、そこから色々とよく買っていた。
今もあるのかな?遠藤呉服店・・


大島は八掛が破れやすくて、すぐだめになる。
この藍泥は3回洗い張りし仕立て直しているので、しなやかになってとても着やすくなりました。

でも、また裾の八掛がほつれてきてしまい、もう5年くらい着ていなかったのを、冬休みに自分で修理用のテープを内側に縫い留めて補修したところ、さらに愛着が湧き、この春大活躍となりました。

泥染めの蜀江模様のものは、ネットで一目惚れした新古品。
今では貴重な一元(ひともと)という縦横の糸が十字になるようになるとても手間暇のかかる織り方のもので、今では織り手も減っているという貴重なもの。
7マルキで、絣自体は9マルキよりも大きくなるけれど、それがかえって伝統柄の模様の良さと力強さを引き立てているように思う。

そして、あっと驚く安さが嬉しかったです。
小さいサイズなので、時々こうした掘り出し物がある。

白大島は大学生の時に母がますいわ屋から買ったのを覚えているのだけれど、こちらはカタスというTの字になる織り方で、一元よりは簡単(とはいっても、これも大変だと思うけれど)なもの。それでももうざっと46年前となる。


泥藍は一元で絣も細かい9マルキ。
それより少し新しい白は9マルキだけれどカタス。

昔は一元が当たり前だったのかも。

羽織も大活躍の春でした。
若い頃、羽織は太って見えるのが嫌であまり着なかったのですが、しっかり太ると、むしろ縦線効果?で体型カバーになる御助けアイテムということを実感した春となりました。
なんだかほっこりするのも良い。この春は人生初の羽織マイブームでした。

あと、半襟と帯揚げの色を揃えるのを特に意識していた訳ではないのですが、やっていた。
真っ白な半襟も良いのですが、今の年齢には、少し柔らかな色が入っている方が顔馴染みが良い気もしています。



泥藍大島・ベージュにグレーと赤で線描き模様の紬帯・黒帯締・赤サンゴ帯留
白縮緬半襟・グレーとオレンジぼかし帯揚げ・ピンク絞り羽織
(3月の音楽家講座)
大島の花柄の中央にある小さな赤い丸に合わせて赤サンゴのブローチを帯締めに。




泥染め大島・茶色の紬帯・水色の半襟と帯揚げ・こげ茶帯締め
(4月の音楽家講座)
やや暖かい日だったので、羽織なし。




泥染め大島・龍村帯・水色の半襟と帯揚げ・薄緑帯締め・赤茶の縮緬羽織
(4月能楽堂での甲野先生・加藤氏の対談)





単衣縮緬小紋・金泊帯・藤色半襟と帯揚げ・赤紫帯締め
(5月能楽堂・名之會)
暑かったので単衣に。演目「芭蕉」に合わせて木(多分芭蕉?)の模様の帯。





泥藍大島・ブルーグレー傘模様帯・藤色半襟と帯揚げ・黄緑帯締め
(5月音楽家講座)
3月の寒さとなり雨だったので、また袷に。雨に合わせて傘模様の帯。
水色の雨ゴートで。

・・迷惑そうなピピと。



第129回音楽家講座~甲野善紀先生を迎えて~in鶴見 5月23日(火)

2023-05-25 12:03:54 | 音楽家講座・甲野善紀先生を迎えて
夏日もあった5月ですが、この日は急激に冷え込みなんと3月頃の気候となりました。

そんな中、林久仁則さん(NHKEテレ「趣味どきっ!」講師)や、
京都からの参加者もあり、盛況の会となりました。

甲野先生は74歳にして、「人生最多忙」とのこと。

混迷の時代だからこそ、より世の中から求められることも増えておいでなのかもしれません。

月2回配信の「夜間飛行」のメルマガを月1回にしてもらって、少しほっとしたところに、まるでそれを見計らっていたかのように、色々な企画が矢継ぎ早に入ってきたとのことでした。

でも、お元気なご様子にほっとしました。

様々な方との交流こそが、先生のエネルギーチャージになっておいでなのかもしれません。
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(お話と技)
夢の中で『願立剣術物語』の47段目の教えを想い出していた。
「中央という事 心の中央なり」

今年の秋でこの道に入って丁度45年目となる。
両手で刀を使うと斬り結んだ時はただ競り合うだけとなるのが、左が手伝わないようにすると、威力が出る。

これは剣道界では天地がひっくり返るくらい非常識な話。

(どれ程有効であっても、こうしたことは)「なかったこと」にされる。

これは剣道界、武術の世界に限らず、スポーツ界でも同様。

いくつかの団体に呼ばれて、何人かの選手の目は輝いてきても、それに反比例するように指導者たちは、どんどん元気がなくなる。

世の中は事実より大幅に決まっている事の方が好きなのだろう。

どこかが決めた「お約束」が大事なのだ。

なので関係者が興味を持つのは極々稀。

大体、2度と呼ばれない。

有効かどうかは無関係。

自分は何故か常に超少数派。

両手ではなく片手の方が良い。

今はまた両手を離して刀を持つようになったが、これは依然とは全く違う持ち方。

意識の処理の問題と身体の使い方の問題がある。

自分の周囲にもかなり使える人間が出ているが、みな、全く違っていて、夫々が自分流の「開祖」で、みな原理が違う。
それは(教え教わるというのではなく)みな基本から自分で作ったから。

夫々が個性的で、技の原理を自分で見つけて深めていく。

しかしこれは特別な流儀ではなく日本の(伝統的な)職人の育て方。

著書『巧拙無二』に登場する職人達は「全く教わらない」「ただ作れ」であった。
その雰囲気の中に居る、その環境の中に居ることで身に付いて来る。
(言葉や説明マニュアルを介した)頭からではなく。

(基本に忠実に、と教えるのは)教える人間が金になるし、偉そうに出来るから。

(今自分がやっていることは)左は力のバランスをとるだけ。
(と左手に木刀を立てて載せる)

左は芯を通して「ただある」だけ。
大将が二人(左右)だと左右ワレワレになってしまう。

(『願立剣術物語』にも)「なかんずく左を働かせること大いなる非なり」とある。

技の世界は不思議に満ちている。
しかし、このようなことを剣道界の99・9パーセントは知らない。

(左手を)使わない使わせないのが難しい。
謎の助け方をさせる。







これは単なるただの繰り返しの延長線にはなく、質的に変化するということが、どういうものか、ということが重要。

(払えない突きの実践)
人は人の心が読めるから、やろうとする感じをなくす。

人間は何故、人混みで倒れることもなく通れるか?
それは相手に触ったところでバランスをとっているから。

(やろうとする感じをなくすと)触れても皮膚感覚で良く分からなくなり、力を抜いて探ろうとするので、そこに斬り込んでいく。

敷物の上に立って、それを引かれてもバランスをとろうとしないようにすることは、100万円やると言われていても困難。
それくらいに足歩行を保つということは刷り込まれている。

この感覚はピアノ等でも、鍵盤をどうするか、というのに応用できるだろう。

落語の名人で、もう何をやるのかわかっているのに笑ってしまう。
始まる前から笑ってしまう。
その人の微細な違いを人は感知するから。

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(個別指導)
1.歌
  右に傾いてしまう癖があり、その違和感をなんとかしたい。

  胸紐で姿勢が変化し声ものびる。


2.クラッシックギター
  指をなめらかにしたい。よりスピードのあるものに対応させたい。
  腰痛をなんとかしたい。

  指ひもで響き速さともに変化。
  腰痛には一本歯下駄が良い。
  木を削って寝て腹に垂直に押し当てていき固い処を探しそこを  
  押す。(井上仲子の筋骨矯正術)。








3.ギター
  始めたばかりで、今度初めて人前で演奏する。緊張するので、そのコント  ロール方法    
  を知りたい。

  腹の紐で大きく変化。


4.ジャズピアノ
  片手ずつだと夫々速く弾けても、両手になると出来ないのをなんとかしたい。
  
  なんとなく見ている感じにする。前に向かって両手の人差し指を同じ向きにまわし、
  そのまま手を向かい合わせにしてもそれが変わらないようにできるか?
  グーで叩きパーで前後にさする動きを瞬時に左右変換できるか?等を稽古する。

  頭の鎖紐で速くなってもできるように。
  あたまの紐は瞬時に斜視が治ったり、斜め横にしないと字が書けなかった人が普通に    
  書けるようになるなど、大きな効力がある。(脳に作用するのか??)

5.歌
  舌に力が入って声が硬くなる。

  祓い太刀で、紐大きく変化。
  科学的エビデンスは皆無だが、緩く巻くと効果があり、きついとだめ、丸紐だと効果     
  があるが平紐ではだめ。それを感知する人間の意識はびっくりするくらい凄い。
  これは決して心理的効果ではない。丸紐は全身を上手く連結、連動して使えるように
  する。


6.歌
  緊張や固さをなんとかしたい。

  丸紐四方襷で変化。祓い太刀でさらに大きな変化。会場中に響き渡る声に。

・・・・・・・・・
(質問)
「熱心と真剣」について
辻斬りにあった茶坊主の話(詳細省略)
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(所感)
今回の一番の特徴は受講生の変化の具合が過去最高ではなかったか?ということ。

もちろんそれは受講される方々の資質に負う部分も多い。

でも、これはおそらく先生の進展の具合の大きさが大きく影響しているのではと思う。

同じに紐を巻くのでも、なんだか違うぞ・・と。

毎回、講座で感じるのは、同じご助言、同じ紐であっても、その都度違う、ということ。


左手はバランスを取っているだけ、と言う言葉は以前もうかがっていたけれど、今回ようやく得心できた。
これが当面の研究課題になりそう。

心の面では、最後に伺った「熱心と真剣」の違いを考えていきたい。
というか考えねば。

親不知の成長に伴った右半身のだるさはより増してきていて、ついには湿布を貼るまでになってしまったので、先生にお願いし、講座前に、祓い太刀といくつかの施術をしていただいたところ、嘘のようにスッキリとし痛みもひいて、視界も広がった。

昔は気合?で歯を抜いたという達人も居たらしい、とうかがいびっくり。


今はそんな訳で、思い通りに練習出来ない状況が辛いのですが、これだけ生えてきてくれたのであれば、きっと術後の回復も早いかな?とやりたいこと、試したいことを色々と様々な奏法のことなど思い浮かべています。

参加してくださった皆様、林さん、会場スタッフの皆様、スタッフSさん、甲野先生、

ありがとうございました!

次回は6月15日(木)です。
どうぞよろしくお願いいたします。


写真は林さんと先生





親不知問題

2023-05-21 23:28:10 | 日常
昨年12月末に発覚した右下の親不知問題。

40年前、ドイツに行く前に、某大学病院で全て取ったつもりだったのが、右下だけは、

「下顎の神経近くに横たわっていて、取り出すのが難しいのと、特に悪さもしそうにないので、このまま様子見としましょう」

と言われて、そのままになっていたもの。すっかり忘れていました。

それが40年経って、悪さをし始め、すぐ横の奥歯が虫歯になり、神経を取る治療がほぼ3か月続き、その後は、コンサートや発表会など演奏の仕事との兼ね合いもあるので、少し待っていただき、いよいよこの29日に紹介された口腔外科で撤去手術と相成りました。

この治療が始まりだしてから、つまり昨年末から、ずっと右半身がどんよりとダル重かった。

歯自体は全く痛みはないのに、首筋と肩が特に凝る。

そして、この懲りは日を追うごとに増して、4月からは筋肉弛緩剤のお世話になるように。

副作用はやや眠くなるだけとのことで、最初は恐る恐る試したのですが、かなり効き目はあり、この薬のお陰で、4月は通常の暮しを送ることができました。

でも5月になってから日々痛みは増し、3時間くらい吹いてしまうと、もう翌日はテキメンにバリバリと肩が凝り、右腕に痺れまで感じられるようになったので、今は練習するのを控えている。

どうしたものか?と思いつつ暮らしていたのですが、先週「あれ?」と気付いた。


なんと・・・親不知が生えてるっ!?

昨年末、レントゲンを撮った時は、確かにかなり下の方に埋まっていて、先生から「ほら、ここに居ますねえ~~」と説明された。

それが紹介された口腔外科に事前検査に出向いた4月4日、こちらの先生からは「そんなに顎の神経には近くないですよ。もちろんリスクは0とは言えないけれど、これくらいであれば決して難しい手術ではないです。」と励まされ、かなりほっとしたのでした。

思えば、この時既に、親不知は上昇してきていたんだな。

上昇を続け、ついに生えた親不知は日々さらに大きくなっている。
こんなにぐいぐい動いているんだからダル重いのも当然か。

これが動き始めていたから奥歯も圧迫されて虫歯になったし、ダル重さが増してきたのね。

ネット検索すると、60代で親不知が生えるということは殆どなく、稀にあっても、それは歯茎が下がったり歯槽膿漏が原因とのことだけれど、幸い私はそのどちらでもない。

生えてきたばかりの親不知はツルツルで真っ白で、ちょっと愛おしい。

4月4日には歯茎を切開してから3つに割って取り出す、との説明を受けたのだけれど、これなら切開する部分が減るということでもあり、術後の回復も早いかも?

親不知も、なるべく手術の負担を少なくしてやろう、とせっせと生えてきたのかも?

40年前はトンカチでガンガン叩き砕かれて、麻酔こそしているものの、その振動と音だけでも拷問だ~~と思ったのですが、先生は

「あ~~今はそんなことする歯医者は誰もいないから安心してください!」

40年も経てば、技術も機械も躍進しているという訳で、それはまあ良かったなあと。

昔は施術後10日位、つばを飲み込むのも出来ない程の痛みが続いたのだけれど、それも、トンカチガンガンのせいで、今はそんなこともなく平均、2,3日で回復するとも聞いて一安心。

あと、周囲に、意外にも多くの60代、70代で親不知撤去手術をした、という人が多かった。音楽仲間、同窓生、生徒さん、みんなから「大丈夫だよ~」と励まされたのでした。


とはいえ、やはりちょっとドキドキしながらのカウントダウンが始まりました。