『笛物語』

音楽、フルート、奏法の気付き
    そして
  日々の出来事など

フルート奏者・白川真理

右目

2024-06-30 23:07:36 | ピピ
2年前、急にピピの右目が閉じてしまい、あわててかかりつけの獣医さんのところに。

幸い軽い結膜炎で、お薬をいただいて、数日ですぐに回復しました。

その後も一度だけ、右目が同じ症状になったのだけれど、まだ冷蔵庫で保存していた目薬が有効期限内だったので、それをすぐにつけてやったところ、翌日にはすぐに回復しました。

そして今回久しぶりに右目が塞がった。

一昨日の夜8時半頃、猫じゃらしやボールで元気に一緒に遊んでやっていて、その後、ピピは段ボールを齧っては投げの「創作活動」を始めました。

夫とお茶を飲んで話して、チラと振り返ると、さきまであんなに元気だったピピが突然右目が塞がった状態でショボンとしている。



結膜炎にしてはあまりに急激な変化で、驚きました。

目にもしかしたら段ボールの葛でも飛び込んだか、自分の爪でうっかりひっかいて傷をつけてしまったか?そんな感じ。

お湯に浸したガーゼで目の周囲をそっと拭いてやろうかとも思ったけれど、却って悪化させる恐れもある・・

幸い翌日土曜日は病院もやっているとのことで、夫に車で連れて行って、と言ったら、

「前とおなじなんだから、そのままでも免疫力があるから治るよ、猫なんだから」
と、私がいつも大袈裟すぎる、とのたまう。

おまけに、

「だいだい、いつも大袈裟過ぎるんだよ。たいしたことないのに、すぐに救急車を呼ぶヤツとおんなじだ〜!」


もうこの一言だけでも、レッドカードで、離婚する理由には充分だと思う。

これ以上言い争うのはエネルギーの無駄なので、議論は切り上げ、翌日、自力でいってきました。

万が一、地震などの折避難する時に、私しかいない時のために、と思って以前アマゾンてポチっとした宇宙船仕様の猫リュックが役に立ちました。

いつも出しっぱなしにして、ピピと遊ぶ時にも使っていたので、すんなりと中に入ってくれました。

軽いリュックなので、4.5キロのピピですが、なんとか背負うことが出来ました。

病院は徒歩15分くらいのところ。

驚いたのは、いつも車だとニャーニャーとなくピピが静かだったこと。

病院に到着してもおりこうだったのは、治してもらえるとわかってほっとしているのかも。





車道の近くになると、啼きだしたので、きっと車の音が嫌なんだと思う。

車だとずっと啼いているのも、モーター音や振動音が嫌だったのだと思います。

ほぼオンブ状態で、幸い腕は背中に良く回るので、ピピに「大丈夫だよ」と呼びかけつつポンポンとリュックの側面窓を叩きながら歩きました。

すぐに診ていただけて、結果は、やはり何かの拍子に傷を作ったということでした。

先が赤い紙縒りの様なもので検査薬をたらし、明かりを消して特殊なライトで照らすと、傷になった部分がくっきりと光っていました。

「ほら、ここです」とちゃんと見せていただきました。

「来てくださってよかったです。傷は化膿などして悪化するとやっかいなことになりますから。」と先生。

以前とは違う種類の傷用の目薬をいただいて、また歩いて帰宅。

ピピはずっとおりこうさんで、どうもリュックの窓からの外の景色を楽しんでいたのではないか、という気もします。

行きは、とにかく心配で仕方なく、上の空だったのですが、往復ともに、5名の見知らぬ方から「可愛いですね!」とお声がけいただきました。

ピピも「可愛い」は理解しているので、きっと嬉しかったと思います。
もちろん私も。

リュックでお散歩、またやってみようかしら?

・・・・・

猫の目薬というのは、何故か2種類。
最初のものをやってから5分経って、次のものを、という形式。

これが中々大変で、1回目は油断しているところをねらってなんとかできますが、2度目は警戒して、チュールを使っても出てこない。

本当に、大変です。

今回のことで、多少は反省した様子の夫が毎回押さえつける係ですが、結構引っかかれて傷だらけに。

大分開きましたが、昨日はまだ、こんな感じ。
表情も心なしかしょぼくれている。




でも、本日二日めは、ピピは抱っこした方が安心して任せてくれるということがわかり、その体制で、手早く行うことが出来る様になりました。

時間の間隔も、5分後すぐに、というのではなく、交互に一日4回で良いとのことで、それもありがたい。

あとは、ピピとの信頼関係を損なわないためにも、普段よりも、沢山、遊んでやるようにしています。

金曜の夜から、2日経ちましたが、ようやくスッキリと元気な表情が戻ってきました。



いつものイケメンピピみたいですが、まだまだ油断はできない。
なのに夫は「もう治ったみたいだから目薬やめてもいいんじゃない?」と相変わらずたわけたことを言う。

こんな時はワニ目で無言の返事をし、冷たい態度を貫く。

そういえば、息子が小さい時もよく似たようなことで喧嘩したなあと久々に思い出す。

結膜炎の時と違って、外傷なので、再度、通院してチェックしていただくことになっています。

今度は夫にリュックを背負ってもらって、私は後ろからピピがどんな様子でいるのか、見てみたい、と思っています。


出しゃばり

2024-06-29 22:42:37 | 気付き
身体の中で、最も出しゃばりなのは、脳だと思うけれど、その次は何と言っても、腕だよね、としみじみしておりました。

腕を操っているのは脳だから、まあ、この両者がタッグを組んでいるのだから、そりゃあ、それに抗うのは難しい。

思うに、フルートを始めた時、半世紀以上前から、「三点支持」というものに憑りつかれていて、そんなものは、もうとっくの大昔に振り捨てたと思っていたけれど、なんのなんの、しっかりでしゃばりさんの腕は「これこそは自分の仕事」とばかりに務めを果たしてた。

これに気付いたのも、「ため息」で吹くという変化があったからこそと思う。

より深いため息にするためには、肩は下がっていればいるほど良いのだから。

あれ?息が浅いぞ?とすぐに気付けるようになった(今頃!?)からこその変化です。

典型的なのが、緊張したり、不安になったり、またはその反対に調子に乗ってノリノリだったり、楽しく吹いたり、というのも同様。

よく、植村先生に叱られていたのは、「性格悪いぞ」だけれど、その次に「本番楽しむようじゃシロートだ!」というのもあった。

もちろん、楽しみ方にも色々レベルというものがある訳で、あくまでも私に向けられたのは低いレベルでの「楽しむ」だったのだけれど。

いずれも、肩を上げてしまうことにつながる。
それは殆ど、腕、特に左腕が出しゃばってくる。

私のやり方が一般向けとは決して思っていないけれど、もう20年くらい前?もっと前?とにかく「三点支持」は違う、という立ち位置だ。

一時はシーゾーの原理で、頭の重さを利用して左右の釣り合いを取っていたけれど、今はそれでもなく「三点載せ」。

頤、左人差し指の付け根、右手親指の三点に楽器を載せるだけ。右の小指は微妙なバランス調整を請け負う。

ずっと、これはやっていたのに、でもちゃんとやれていたのは、ゆとりがあり、自身の感情がニュートラルな時に限られていた。

テクニカルで難しい曲や本番、逆に気軽に楽しんでいる同期バンド・WAYAZで吹いている時、みな、感情が動き過ぎて、左腕が出しゃばり、「載せる」ではなくなって、先祖返りの「三点支持」ににじり寄っていた。

ここのところ、この大きな間違いに気づいて、「載せる」という稽古ばかりしていたのだけれど、なんと爽やかなことか!

大学生の時、合コンっぽい感じで初めてスキーに行った時、必要もないのにストックにしがみついてヘトヘトになったことが思い出された。

まさにそんな感じ。

「三点載せ」はフルートの重さ、重力の積極的活用になる。

でも「三点支持」はフルートの重さとの闘いだ。やれやれ。



ため息

2024-06-19 00:15:37 | 気付き
  • ギリシャ神話のパンとシランクスの話は昔から知っていた。

    小学生の頃、親から与えられていた少年少女世界の名作文学全集のギリシャ神話に様々な変身物語も載っていた。

    毎月1冊届くのだったかな?
    とにかく楽しみで、表紙は世界の名画になっていて、名画と画家の名前を自然に覚えられるようになっていた。文章も読みやすく、漢字には全てルビがふってあったので、一人でもどんどんと読み進めることができた。
    自室で夜、母が確認しに来た時、息をひそめて眠ったふりをし、去った後スタンドをつけて、この本を読むのが一番の楽しみだった。

    この50巻くらいの全集はずっと家にあって、大きくなってからも読み返していた。
    ある意味、私の教養の全てといっても良い本だった。

    でも、高校2年の時、父が亡くなり、大学入学と同時に、祖父の住む西鎌倉に引っ越すということになり、その折に全て処分した。父のコレクションのハヤカワミステリのSFの本などもみなこの時にお別れ。ちょっと後悔している。こちらも愛読していたのだけれど。

    今もあるのかな?と検索してみて、アッと驚く。
    こんな値段になっていたとは・・
    https://item.rakuten.co.jp/skymarketplus/b000jbppjg/

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    すっかり話題が逸れてしまいましたが、このギリシャ神話の変身物語をまとめたのが、オヴィディウスということを教えていただいたのは、ミュンヘンでお世話になったマリアンヌ先生からでした。

    ドビュッシーのシランクスのレッスンの折、パンのため息がシリンクスが変身した葦の束にあたって美しい音を奏でたというお話の後、こう仰った。

    「そしてね、mari、この御話しは、笛の音の原点を教えてくれているの。パンのため息で脚が鳴ったように、笛(フルート)は、ため息で響くのよ。コントロールされたため息で!」

    その言葉の意味がやっとわかった!?
    と思えたのは、フィンダ先生に御教えいただいて、当て位置が下がり、それに伴って息の方向も下になった時だったか?なので、もう25年くらい前?

    そして、植村先生、甲野先生のお陰で、どんどんと進化し、さらに息の方向は下に。

    なので、生徒さんにも、息の方向性としての「ため息」の話しかしてこなかった。

    つまり、何もわかっていなかったのだ。

    それが今回、ようやく、一か月くすぶっていた風邪が抜けてから気付く事が出来たのでした。

    ため息と吹く息では、息の出処も、質も温度も何もかもが、もう全然違うじゃない!?

    そして、それは2010年頃に気付いた「息を止めない」にも通じていた。
    なんで、あの時気付かなかったかなあ・・・

    息を止めたら深いため息は出ないでしょう?

    そして思い出すのは、よく植村先生が仰っていた言葉。

    「フルートはね、吹けば吹く程、鳴らない楽器だよ。」

    ロットのこととばかり思っていたけれど、ロットはもちろん、普通のフルートも、管楽器も、そして、歌、弦、ピアノ、もう全ての演奏者、パフォーマーに通じる言葉だったな、と認識。

    気管支や喉にずっと嫌な感じがあったので、あまり吹かなかった一か月だった。
    それでも吹きたい!と思った時に吹くと、練習時間は激減していたし、体力も落ちているはずなのに、調子が良いのが不思議だったけれど、喉に障るといやだから吹かなくなっていた、ということなのだと思う。

    ・・ああついつい「吹く」といってしまうのでややこしい・・・

    吹く息で吹くと息は浅い。
    ため息の息で吹くと身体の深いところから吹くことが出来る。

    ため息の息にすれば、喉に障らず、喉もさほど乾かず、何よりブレスが楽で、よりロングトーンも伸びる。

    それもウォーミングアップなしで最初から。

    ため息するためにウォーミングアップは必要ないもんね、ってことで。

    ただ、より深いため息をつくためには、それなりの身体も必要なのだろう。
    私はまだまだ、伸びしろ沢山かと思う。

    少なくとも、肩が上がっていたのでは、もう「吹く」しかない訳で。
    そして、それは肩、身体だけの問題ではなく、心、つまり、どう感じ、どう考えるか、ということがとても関わってきているように思う。
    心の「肩」が上がってちゃだめだろうね、と思う。

    植村先生が「もっと人間を磨け」と仰ってくださっていたのは、実はこのあたりの技術を伝承するには、結局はそこしかないから、ということだったのかもしれないなあ、と今、この文章を書きながらツラツラと考えています。




バッハコア横浜 創立5周年記念演奏会 6月15日(土)

2024-06-16 16:54:31 | 日常
本当は金曜日夜から本日まで、5年ぶりのWAYAZ蓼科合宿のはずだったのだけれど、メンバーの一人が風邪をひいてしまい急遽中止に。

楽しみだったのに、残念!ではあるものの、わたしも一か月前にひいた風邪がまだ完治という訳ではなく、疲れやすく、就寝時は咳なども残っていたため、ちょっとほっとしています。

蓼科の朝夕の気温は14度とかで、ここで更に体調崩すのはやだなあ、とも思っていたので。
そういえば、夫も金曜に予定していたゴルフメンバーが風邪になり中止。

風邪、流行っているみたいです。

急遽予定が空いたので、土曜日は高高同期のMくんが合唱で参加しているコンサートを聴くためミューザ川崎に出向きました。

バッハコア横浜 創立5周年記念演奏会。

復活祭オラトリオと昇天祭オラトリオという幾分マニアックなプログラムで、古楽器によるオケとソリストはプロを迎えての演奏。

そういえば、昨年のコンサートはリサイタルやCD制作でご一緒していただいたチェロの山本徹さんが参加されていたっけ。親不知抜歯直後で行けなかったけど。

今回もきっとBCJ関係者も沢山出演していたのだと思う。

どうしても、楽器演奏への耳と目は厳しくなってしまうのだけれど、嫌だよう、という音は誰からも聞こえず一安心。

低音群のバッハならではの推進力、リズム感など素晴らしかった。

ただ今回古楽器ばかりの演奏を聞いて改めて思ったのは、現在普及している現代の楽器演奏のメソードとは全く異なるものであったに違いない、という確信。

おそらく殆どの演奏者は現代の楽器から古楽器に進んでいるのではないか?
それが多くの事をややこしく、邪魔してしまっているのではないか?

これは現代のフルートよりもロット、ロットよりも江平の笛の方がずっと難しいと感じている自分自身の反省でもある。

最初から古楽器に馴染み、それから現代の楽器も、という方が奏法の本質に近付けるのではないか?とか色々考えた。

Mくん始め、合唱団の方々の舞台に立つ喜びがじ~んと伝わる演奏とバッハの素晴らしさに残っていた風邪もすっかりよくなりました。

同期も数人来ていて、アフターは軽く居酒屋でビールを一杯。
お互いの病気やケガの話題が多くなったけれど、それもまた楽しく、風邪が抜けたのはそのお陰もあったかも。
あ~~長かった!やれやれ。