駅からかなり離れた場所だが好きな喫茶店がある。カフェではない。木の扉を開くとカラカラとドアベルが鳴る。天井は低くて少し煤けている。無口なマスターがいれるコーヒーは美味い。だが毎回道に迷う。きょうは見たこともない石畳の広場に出た。広場の向こうにあるはずもない海が見えている。
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後から声をかけられ振り返る。男が無言でチラシを手渡す。チラシには「一時間二千円」とだけ書いてある。チラシを手にした人が横を通り過ぎる。後について古いビルの階段を降りる。ドアを開くと一面の砂。数人の人が砂に腰をおろしている。壁はない。水平線が見える。砂に波が打ち寄せている。
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色のついた夢を見る。子どもの頃からだ。水彩画のような淡い色。なのに最近夢どころかろくに眠れず病院で睡眠導入剤をもらってきた。久々の夢。空が青い。いつもは滲んだような人の姿もくっきり見える。髪の長い女の人が微笑みながら近づいて私の腕を掴む。冷たい手。「ほら、やっと捕まえた」
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朝早く猫の鳴き声で目が覚めた。起き上がり窓の外を見る。集合住宅の一階の狭い庭。まだあたりは薄暗い。いつだったかベランダの下で野良猫が子どもを産んだことがあった。あの子らはどこに行ったのだろう。また猫の声がした。振り返り寝床の中の夫を見る。薄く目を開けた夫がニャアと鳴く。
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