桂文朝の噺、「平林」(ひらばやし)より
「定吉(さだきち)や。 定吉。」
「はーい。 えー、何ですか、旦那様」。
「あー、お前、済まないけどもな、この手紙をなぁ、橋を渡った平河町(ひらかわちょう)の平林(ひらばやし)さんのとこへ 届けておくれ」。
「あっ、そうですか、分かりました。今、私、お風呂沸かす番なんです。もうすぐ沸きますので沸いたら行ってきます」。
「あー、そうか、そうか。お前がお風呂番だったか。ご苦労だったな。それは、他の者に見させておくから。急ぎだから、その手紙を先に届けてきておくれ」。
「あー、そうですか、分かりました。じゃあ、行ってきます。この手紙何処に届けるんですか?」
「だから、平河町の平林さん」。
「あ、分かりました。お風呂の方はお願いしましたよ。グラグラ煮え立って、後からうめると奥様に怒られるんです。よく言って置いてくださいよ」。
「お前の粗相にならないようにしておくよ。早く行ってきな」。
「え~、旦那、これどこに届けるんですか」。
「先っきから、平河町の平林さんと言っているだろう。お前はどうしてそう忘れっぽいんだ。そうだ、忘れたら、手紙の表に名前が書いてあるだろ、それを読めば良い」。
「それが、まるで、字が読めないんですよ」。
「しょうが無いな。それでは、他のことを考えないで、ず~っと平林さん、平林さんと、口の中で言って行きな」。
「分かりました。旦那は頭が良いな」。
「気をつけて、行ってきな」。
口の中で「平林さん、平林さん」と言いながら歩いていると、お巡りさんに呼び止められて、「ちゃんと信号を見て渡らなければいけない。信号は赤になったら渡ってはいけない。赤止まりの青歩き」と注意をされてしまった。
「赤止まりの青歩き、・・・?、ん?」気づいた時には宛名の読み方を忘れてしまった。
困って、ちょうど通りかかった人に読んでもらうと「タイラバヤシだろ」と教えてくれた。
声に出してみると、どうも違うような気がして、別な人を捕まえて聞いてみると「ヒラリンでしょ」。
また違うような気がして、通りかかった老人に聞いてみると「イチハチジュウノモクモクじゃ」。
これも違うような気がして、たばこ屋さんで聞いてみると「字が読めない。それでは字に色気を付けて読む、ヒトツトヤッツデトッキッキ」。
どれも合っているように思えず、これ以上聞くのも面倒だからと、教えられた名前を全部つなげて怒鳴ることにした。
「タイラバヤシかヒラリンか、イチハチジュウノモクモク、ヒトツトヤッツデトッキッキ」、節が付いてきた。
「♪タイラバヤシかヒラリンか、イチハチジュウノモクモク、ヒトツトヤッツデトッキッキ」、怒鳴っているうちに、あっという間に人が集まってきた。
「源さん、向こうから歩いてくるのは、伊勢屋の定吉じゃないか。定吉どうした」。
泣きべそかきながら「♪タイラバヤシかヒラリンか、イチハチジュウノモクモク、ヒトツトヤッツデトッキッキ」
「何をやっているんだ。どうしたんだ。お使いに行って、行き先が分からなくなっちゃった。しょうがないな。その手紙はどこに届けるんだ」。
「ヒラバヤシさんとこです」。
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