利下げを開始した英イングランド銀行(BOE)はインフレ抑制に慎重なかじ取りを求められている
=ロイター
世界の債券市場で、国債増発への警戒感が金利を押し上げている。英国の長期金利は2022年の「トラス・ショック」を超えて17年ぶりの水準となった。
米国でも節目の5%到達が視野に入る。インフレ再燃が金利高止まりを生み、利払い負担の増加と財政悪化に拍車をかけるリスクも意識され始めた。投資家は政府が財政規律を取り戻すかどうか注視する。
米国債「主導」で進む世界的な金利上昇局面。9日、英国の長期金利は一時、前日比0.1%高の4.89%まで上昇した。
英ポンドは対ドルで1ポンド=1.22ドル台と1年2カ月ぶりの安値圏まで売られた。
「債券安と通貨安の同時進行は、22年当時の英国外へのキャピタルフライト(資本逃避)を思い出す」。
英フィデリティ・インターナショナルのマイク・リデル氏はこう指摘する。英トラス元首相が当時、財源の裏付けがない減税を表明すると、投資家が財政不安から英国資産の売りに走り、英国債と通貨ポンド急落を招いた。
8日の相場は22年の「悪夢」を呼び起こした。英金利上昇が他の欧州主要国に波及する形となり、フランスの10年債利回りは3.35%と1年3カ月ぶりの高水準をつけた。
米国の同利回りは一時4.73%まで上昇する場面があった。オールニッポン・アセットマネジメントの石見直樹ファンドマネージャーは「5%を超えて上昇する可能性はある」と話す。
止まらぬ金利上昇の底流にあるのは、国債増発への警戒感だ。米モルガン・スタンレーによると、日米英やユーロ圏など7カ国・地域による24年の国債の純発行額は2.8兆ドル(約440兆円)と前年より6割増え、リーマン危機後で最大の10年に並ぶ。25年もほぼ同水準を見込む。
純発行額は国債の発行総額から金融政策の一環で中央銀行が買い入れる額と国債の満期償還額を引いて求める。
物価高対策などで財政支出が拡大していることに加え、中銀の買い入れ縮小が純発行額の拡大につながっている。
投資家は国債需給の悪化による金利の上昇(債券価格は下落)を警戒している。
英労働党のスターマー政権は歳出拡大策の財源を確保するため、24年度の国債発行額を2969億ポンド(約58兆円)として政権交代前に比べ192億ポンド分増やした。
増発は長期債が中心だ。
英国は景気停滞が続き、税収下振れの不安もある。英イングランド銀行(BOE)は主要中銀で唯一、量的引き締め(QT)で国債売却を進めており、需給が崩れやすい状況にある。
フランスも高水準の国債発行が続く。24年6月末〜7月上旬の総選挙でマクロン大統領が率いる与党連合が敗北した。
他党の協力を取り付ける必要があり、歳出拡大圧力がかかりやすい。米国ではトランプ次期政権による大型減税で財政赤字の拡大が警戒される。
インフレ再燃も財政健全化には逆風となる。各国の中銀は政策金利の引き下げに慎重にならざるを得なくなっている。国債増発で利払い負担が重くなるなか、金利高止まりは政府の財政にとって痛手となる。
英BOEの利下げペースは鈍るとの見方が増えている。
英LSEGがまとめた8日時点の市場予想によると、現在4.75%の政策金利について25年は2回の利下げにとどまるとみており、欧州中央銀行(ECB)の4回に比べて少ない。市場が英国債の先行きに警戒するゆえんだ。
投資家は各国政府の財政運営を注視する。財政悪化に歯止めがかからないとみれば、国債購入時にさらに高い利回りを政府に要求するようになる。
財政悪化と利払い負担増の負のスパイラルに陥りかねない。
英キャピタル・エコノミクスのルース・グレゴリー氏はスターマー英政権について「歳出削減や増税に踏み切る必要がある」と指摘する。
米運用会社ピムコは米国の財政悪化を受けて、償還までの期間が長い国債への投資を控えると明かした。政府が市場参加者の「警告」を真剣に受け止めるかどうかが金利の行方を左右する。
(ロンドン=大西康平、生田弦己)