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南海トラフと戦えるのか 伊藤哲朗・元内閣危機管理監 直言

2025-01-11 09:57:08 | 大地震、南海大地震、東京直下大地震、火山活動


【この記事のポイント】
・現状のままでは南海トラフ地震に対応できない
・国や政治に想像力や指導力が欠如している
・市町村任せにせず国が前面に出るべき

 

 

阪神大震災から間もなく30年を迎える。2024年には能登半島地震が起き、南海トラフ地震の危険が高まったとする臨時情報も初めて発表された。

想定される巨大地震に対する備えや「覚悟」は十分なのか。東日本大震災で政府の責任者だった元内閣危機管理監、伊藤哲朗氏は国や政治の想像力・指導力の欠如を憂い、奮起を促す。

 

 

危機管理は初動がすべて

能登半島地震では、国の初動対応の遅れが指摘された。道路や水道などインフラの復旧にも時間を要し、復興の道のりは遠い。
 
 

――能登は半島の山間に集落が点在している。被災状況の把握や支援部隊の展開に、ある程度の遅れが出るのはやむを得ない面があるのか。

 

「被災地の自治体職員や派遣された警察、消防、自衛隊は精いっぱい活動した。問題は事態を俯瞰(ふかん)して指揮を執るべき政治家や国の判断の甘さ、力不足。現場がいくら頑張っても全体の指揮が不十分だとうまくいかないということだ」

「『半島だから難しい』など言い訳にならない。そんなことで南海トラフ地震にどう対応するのか。四国南岸や紀伊半島だって山間地に市町村が点在し、範囲もはるかに広い。南海トラフに備えたシミュレーションや訓練がちゃんとできていれば、こうはなっていない」

 

「発災当初から判断が甘いし遅い。首相から指示が出ることで危機感が共有され、各省庁一体となり動き始めるのに、政府が設置したのは防災担当相が本部長の特定災害対策本部だった。首相直轄の非常災害対策本部に格上げされ、初会議が開かれるのは翌日午前9時台までずれ込んだ」

「対策本部の設置は災害の大きさで異なる。能登半島地震のマグニチュードは7.6で、阪神大震災より大きい。揺れの強さの目安となる最大加速度も東日本大震災に匹敵する値だった。これを見た瞬間に『能登は大変なことになっている』と思わなくてはいけない」

 

「想像力が欠けている。危機管理は初動がすべて。最大の構えが必要だ。ここを見誤ると後手後手になり『兵の逐次投入』に陥る。実際、能登に派遣された自衛官は初日が1000人、2日目が2000人。その程度で済むはずがない」


「災害対応では最大の構えが必要だ」と話す伊藤哲朗氏

 

――発生から間もなく夜を迎えた。能登は人口密集地でもない。人的被害の程度が不明だと派遣の決断は難しくなる。

 

「東日本大震災の被災地も、沿岸は人口密集地ではない。だが発災の10分後には一番レベルの高い緊急災害対策本部の設置を決めた。津波が来る前の、一人の被害報告もない段階で、だ。

そしてその日のうちに、自衛隊員10万人の動員を防衛省に要請している」

 

 

――駆け付けようにも道路は寸断され、活動は限られると思うが。

 

「そもそも1000人ではどうしようもない。最初から1万人動員すれば動ける。

自衛隊にはチヌークなど大きなヘリがあり、重機などは空輸すればいい。海からだって、上陸用舟艇を使えば接岸できる場所はある」

 

「東日本大震災でも沿岸部は津波で道路が寸断され、浦々の集落が孤立した。能登と同じ状況だ。

だから自衛隊、警察、海保、消防のヘリをのべ何百機と飛ばして、食料や水を運んだ。『人が出てこない地域にも、とにかく置いてこい』と。ヘリが地上に降りる時間はないので、空中投下する。命に関わるのだから」

 

「通信も途絶したが、国主導ですぐ沖合全域に船を出し、基地局をつくるべきだった。物資輸送や復旧のための車両だけを通す交通規制も徹底されなかった」

「警察や消防隊員の宿泊場所もないから半島の外から通うことになり、現場での活動は数時間に限られてしまう。フェリーを浮かべるとかコンテナハウスを道の駅に置くとか、みんなで5分も考えればアイデアは出てくる。ダメなら次の手を考えればいい」

 

阪神大震災の初動の遅れを教訓に、政府は自ら情報を集める官邸危機管理センターや司令塔役の内閣危機管理監、各省庁から緊急参集するチームなどの仕組みをつくった。
 

「阪神大震災では各省庁がバラバラに応援に入り、活動した。各都道府県警の間で無線が通じない、消火栓の口径が違うため他県の消防車がホースを取り付けられない、といったことも起きた。

だが順次問題を解決していき、東日本大震災では連携して対応できた」

 

 

――ではなぜ能登半島地震で有効な手を打てなかったのか。教訓やノウハウが伝わっていないのではないか。

 

「東日本大震災から13年たっていた。緊急参集チームのメンバーだった各省の局長や課長クラスはみな異動している。

継承されていない可能性はある。当時やったことを時系列で記録として残してはいるが、どんな議論があって、その結果どうなったか、というようなことは残せなかった。確実に記録をつくり、次の人たちがそれを学ぶ。これは重要なことだ」

 

国が主導で優先順位を

 

――事態を想像し、結果を見通して対策を打つのが危機管理の要だとすると、結局は人の問題ということになる。

 

「もちろん個々の力量やセンスは問われる。だが結論は緊急参集チームで議論して、みんなで出す。総合力で対応するということだろう」

「『いまの段階での優先順位は何か』が重要になる。政治家は大きい声に反応しがち。影響されてあれこれやっていると方針が定まらず、目標が見えなくなる。優先順位を貫くためには、後回しにせざるを得ないことも出てくる。それは覚悟の上でやるしかない」

 

 

――国の災害対応を一元化し、司令塔機能を強めるために防災庁を新設する構想が持ち上がっている。理にかなっているように思うが。

 

「防災庁が一体何をしようとしているのかがまったく見えない。初動対応については現在、首相の真下にいる危機管理監や危機管理センターが担っている。だからこそ各省庁が動く」

「防災庁構想は、最後発の官庁をつくるということになる。そんな役所の言うことを、他の省庁が聞くだろうか。

 

阪神大震災のときには国土庁防災局(当時)が仕切ることになったが、各省の局長を集めようとしても課長クラスしか来ない。

会議を開いても調整しかできず、物事が決まらない。そのうち課長補佐や係長が出るようになった」

 

 


東日本大震災では政府の責任者として震災対応を指揮した

 

――それは役所の縦割り意識や、取り組みの姿勢の問題ではないのか。

 

「役所はふだん縦割りで仕事をしているが、大災害の際にはモードを切り替える必要がある。ただ制度上、一大臣は他省の大臣に命令はできない。首相なら各省庁の大臣を指揮できる」

「初動対応ではなく、防災や復興が防災庁の任務だとすれば、内閣府や復興庁から何のために組織替えをするのか。現行制度のどこに問題があるのか、といった議論が先ではないか」

 

――現行の災害対策基本法は災害応急対策の主体を市町村としている。この点をどう考えるか。

 

「役所にせいぜい数十人から数百人しかいないような小さな自治体までが主体となることには無理がある。

このことは東日本大震災で実証済み。町長も助役も総務課長も亡くなっているところがいくつもあった。なぜ法律の立て付けを変えようとしないのか」

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「インフラの復旧も市町村任せになってしまう。国が全国から業者を集め、代わりにどんどんやっていくしかない。

市町村が機能しない場合は県が代替できるよう規定されているが、県は市町村の仕事の中身を知らない。大災害が起きた場合には、やはり国がもっと前面に出るべきだ」

 

 

いとう・てつろう 福岡県出身。少年時代を炭鉱でにぎわう筑豊で送る。1972年東大法卒、警察庁へ。石川県警、皇宮警察本部長などを経て2006年警視総監。08年から内閣危機管理監を3年7カ月務めた。現在、東京大学客員教授として危機管理の要諦を説く。剣道は6段の腕前。
 
 
国民守るなら「空振り」覚悟(インタビュアーから)

伊藤哲朗氏にとって災害対応の原点は、警察庁交通規制課長として迎えた1995年の阪神大震災だ。緊急輸送路を設定し、交差点ごとに計600人の警察官を立てて一般車両の流入を止めた。
 
だが住民から「家族が倒壊した家の中にいる」と言われれば、警察官はそちらへ行ってしまう。結果、道路の大渋滞を招いて救助や物資の輸送全体が遅れ、被害が広がる。
 

「絶対持ち場を離れるな。人命救助はおまえじゃなくてもできるが、交通規制は警察官のおまえにしかできない」。
 
現場の警察官にそう指示するよう兵庫県警を指導した。「優先順位」という言葉の厳しさを思う。大災害への対応は、要員も予算も経験もある国が主導する以外に道はない。政府は歴史に学び、一体となって迅速・果敢に動いてほしい。国民を守ろうとしての「空振り」なら歓迎だ。できるのにやらない不作為であれば、恥辱となる。(編集委員 坂口祐一)

写真 佐藤七海

 
 

 

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日経記事2025.1.11より引用

 
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