エリザベス・ベントリー(1908~1963)
エリザベス・ベントリー:赤いスパイクイーンー3 工作員の愛人にhttps://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/870500333779a38b8413afe412175729
からの続き
独ソ提携の余波
ゴロスのアシスタント業務に忙しているベントリーは驚きのニュースを聞いた。 ソビエトが点滴だったはずのナチスドイツと提携(独ソ不可侵条約:1939年8月23日)したのである。
「こんなことは会ってはならない。進歩主義勢力はファシズムとナチズムに対抗してきたのではなかったか。 ソビエトはどうして敵と提携するのか?」 と憤るベントリーにゴロスは落ち着いていた。
「我々の最終目標(共産主義による世界新秩序建設)はいささかも変わらない。 しかしまずは現実をみなくてはならない。 はいつくばってでもこの目標に向かって前進するだけだ。 時には矛盾するように見えることもする。 ソビエトはまだたった一つの共産主義国家だ。 世界を最終的に共産主義化するには、とにかくソビエトが生き延びなくてはならない。」
スターリンのロジックの焼き写しだった。 しばらくして反ナチズムプロパガンダ工作を停止せよとの命令が届いた。 ゴロスもこれにはいささか困惑した。
9月17日、ソビエトはドイツに続いてポーランドに侵攻した。 ゴロスは、「ポーランドは旧ロシア帝国時代と同じような考えを持った連中に支配されていた。 ソビエトはそれを破壊しただけだ」と語り、憤るベントリーを戒めた。
時を置かずモスクワから、「ヨーロッパ問題不干渉の米国世論を煽れ」の指令が届いた。 ベントリーはあくまでソビエトを擁護するゴロスに不満だったが、後戻りできないほど彼に惚れていた。
ベントリーが、ティミーの本名がゴロスであると知ったのはこの頃である。それまで本名を明かさなかったのは、彼が米国共産主義運動の中心人物であることが知られ過ぎているからだと言い訳された。
彼は米国共産党結党時(一九一九年)の創立メンバーだった。 ソビエトの対米工作活動は、一九三三年十一月に、ルーズベルト政権がソビエトを国家承認して以来、本格化した。 スターリンの喫緊の課題は米国からあらゆる科学技術を導入することであった。 スターリンは全ての分野に、優秀な科学者(学生)を留学させ先端技術を盗ませた。
スターリンはとりわけ航空機製造技術に関心があった。 当時の航空力学は米国が抜きんでていた。特にMIT(マサチューセッツ工科大学)にある風洞実験施設は最先端を走っていた。 ソビエトが短期間に優秀な航空機を次々と開発生産できたのは、この時期からのスパイ活動の賜物であった。
ゴロスは、ソビエトに渡り技術指導を行う科学者・技術者を派遣する組織(Technical Aid Society for Soviet Russia)を設立してスターリンの期待に応えた。 ゴロスは、一般旅行客のソビエト旅行を斡旋(ビザ発給手配、ホテル手配等)する旅行会社ワールドツーリスト社(一九ニ七年設立)も担当していた。
スペイン内戦期に多くの若者が左翼思想にかぶれ、スペイン共和党軍に義勇兵として参加したが、そのパスポート取得や船便を手配したのもこの会社だった。 同社は、ソビエト向け貨物も独占的に扱い十分すぎる利益を上げていた。 言うまでもなくそれはモスクワが吸い上げた。
自信の素性をベントリーに明かしたゴロスは、「必要なら会社(ワールドツーリスト社)に直接電話しても構わない。ただし、これからはティミーでなくヤーシャと呼んでくれ。 電話は盗聴されていると思って、しゃべる内容には十分に注意するように」と命じた。
独ソ提携そしてソビエトのポーランド侵攻は、ルーズベルト政権の共産主義組織に対する態度を一変させた。 FBIがまず標的としたのは米国共産党党首(書記長)アール・ブラウダ―だった。 ゴロスとは親友であった。 ヴェノナ文書は、ヴェノナ文書は、ブラウダ―への捜査の始まりを次のように書いている。
「独ソ不可侵条約を契機に、エドガー・フーバーFBI長官は、ロシアのエージェントの疑いのある個人や組織の捜査を本格化させた。 国務省から、米国人および国内在住外国人が偽造パスポートを使って国外に出ているとの情報が寄せられた。 FBI捜査官は、米国共産党に関連する組織の強制捜査に踏み切った。 これにより、十分な証拠を得た検察は、米共産党書記長アール・ブラウダ―を偽造パスポート使用の罪で起訴した」
この記述にある米共産党関連組織の一つがワールドツーリスト社であった。 同社で押収された書類が1920年代にブラウダ―が偽造パスポートを使用して国外に出ていた証拠となった。 ブラウダ―は1939年10月に逮捕され、翌年はじめ起訴された。
ワールドツアー社も起訴された。 外国政府のエージェント機関であることを政府に登録していなかった罪である。 ゴロスは、FBIの徹底した取り調べを受けた。連日の取り調べに疲れ切って帰ってくる彼は、時折左胸に痛みを訴えた。 白髪もめっきり増え顔色も悪くなった。 ブラウダ―逮捕の報にゴロスは肩を落とした。
ヴェノナ文書が指摘するように、司法省の捜査は広範囲に及んだ。 米共産党本体やワールドツーリスト社だけでなく、党機関紙『デイリーワーカー』編集局、共産主義思想書出版のインターナショナル出版社などもターゲットとなった。
モスクワは捜査の状況を注意深く見守っていたが、ワールドツーリスト社を『人身御供』として、他の組織を救うと決めた。 ゴロスに有罪を認めさせ、他の組織への追及をかわす(大目に見てもらう)司法取引に応じさせたのである。
ゴロスは外国エージェント登録法違反を認め有罪となった(執行猶予一年)。 他の組織も同罪であったが米司法省は追及を止め、お咎めなしとなった。
エリザベス・ベントリー:赤いスパイクイーンー5 政府高官スパイ網のキーパーソンhttps://blog.goo.ne.jp/renaissancejapan/e/014e1509b554cf588a8a0f3ce5803f3e
に続く