雲跳【うんちょう】

あの雲を跳び越えたなら

ヨコヤマくん(仮名)

2007-12-11 | 思い出
「オマエ、将来エロ本会社の社長やなー」

 小学生のクセにやたらと性的知識が豊富だったヨコヤマくんは、よく皆からそう言われ、からかわれていた。

 しかし、中学生になり皆一様に思春期を迎え、いやおうなくエロスの壁にぶち当たり、女体の神秘に興味を持ち始めた頃には、ヨコヤマくんはちょっとしたヒーローとなっていた。

 そう、彼の家には、ようやく性に興味を持ち始めた純粋無垢な僕らには、まだまだ刺激が強すぎて、目を背けたくなるような、でも、もちろん背けられない、猥褻雑誌が多種多様にコレクションされていた。

 その頃僕らが目にするエロは、せいぜい親父が購読している『週刊ポスト』や『プレイボーイ』、たまにドリフやバカ殿で垣間見るサービス乳、くらいのものであって、本格的なエロ本『デラ・べっぴん』や『あっぷる通信』、『投稿写真』や『スコラ』、『エロ小説』『エロ漫画』の類いなどは、まさにバイブル(性書)の如く、その神々しさに、ただただ、ひれ伏すのみであった。

 ヨコヤマくんがそれらをどうやって収集したのか?一説によれば廃品回収の山から抜き取ったというモノもあるらしいのだが、大抵は僕らの近所から遠く離れた書店やエロ本の自動販売機で購入したものである。

 図らずも小学生の時に言われていた「エロ本会社の社長」とまではいかないものの「レンタルエロ本の元締め」になっていたことは、意外でもなんでもなく、当然の結果であろう。

 そんな彼の部屋は連日、熱くたぎる若さを持て余した少年たちが、かりそめの友達面を持ってして、集まっていたものだ。

「それにしても、こんだけのエロ本、よく母ちゃんに見つからねーなー」

 誰かが感心した口調で、しかし視線は小麦色の肌を凝視しながら言い放つ。

「あったりめーよ!ちゃんと考えて隠してあるからなー!そう簡単には見つからん」

 ヨコヤマくんは余裕の微笑みを湛え、自慢げに応える。どこにどうやって隠しているのかは教えてはくれなかったが、今にして思うには、所詮、中坊の浅はかなオツムで、しかも六畳にも満たない、いや、四畳半にも満たなかったかも知れない狭い部屋の中で、あれだけの量のエロ本を隠すとなると、ほぼ限定されるし、尚且つ、探そうと思えば十五分もかからないで見つけることは、いとも容易いことであったろう。然るに、私が思うには、ヨコヤマくんの母ちゃんはエロ本の存在は知っているけれど、あえて知らぬフリをしていたのだと思う、うん、きっとそうだ。

 そして僕らは、目ぼしいエロ本を何冊か見繕うと鼻の下を伸ばし、下半身の膨らみを気づかれぬように、満面の笑顔でレンタルさせていただく。レンタルといっても、もちろん、お金などは取らない。ヨコヤマくんはとてもいい奴なので、僕らのかりそめの友情に身を委ね、いつも快く承諾の意を表してくれていた。

 当時のエロ本は、今のように陰毛や肛門などは御法度だったので、局部周辺は黒く塗りつぶされていた。巷の噂ではその部分に酢を塗れば落ちる、だの、接着剤を塗り、乾かして剥がせばバッチリ、などとまことしやかに囁かれていた。真偽のほどはさて置き、(それはきっと輸入物の裏本などを油性マジックで塗りつぶしたモノに限ると思うのだが)明らかに印刷媒体である本にどんな抵抗を試みても悪あがきにしかならないと、誰もが解かっていて、何よりエロ本マスターのヨコヤマくんがいちばん解かっていたと思うのだが、ヨコヤマくんから借りたエロ本の黒塗り部分はことごとく努力の跡が垣間見えて、微笑ましくもあり、鬱陶しくもあった。

 そんなある日、いつものようにヨコヤマくんの家へ行くと、珍しく他の友人達の姿はなく、僕とヨコヤマくん二人きりで『エロスの館』に佇んでいた。
 なんだか自分独りではあからさまにエロ本を拝観するのも照れ臭くて、そこら辺にある『少年ジャンプ』などに目を通していた。しかし、気持ちは落ち着かず、ジャンプもそぞろ読みになってしまう。そんな僕の心境を見越したのか、ただ単にコレクションを自慢したかっただけなのか、ヨコヤマくんは「すげぇモン、見せてやるよ」と僕にとてつもなくイヤラシイ笑顔を向けてきたのだ。

 こ、この自信は!も、もしや、裏本か!?

 と、僕は期待に胸膨らませ、ついでに下半身も膨らませ、彼の手招く方へ近寄った。
 彼は弟と共有している二段ベッドの上段に昇るための階段に身体を預け、僕はその横で下段の柵に足を乗せ、必死に首を伸ばした。
 ヨコヤマくんは「覚悟はいいか?」と問うようにイヤラシイ眼差しをチラリと僕に向けると、徐に敷布団を捲った。

 そこから現れたのは、なんと、無修正局部バッチリ!の裏本!などではなく、『デラ・べっぴん』かナニかに付録として付いていた『浅倉舞』の等身大ヌードポスターであった・・・・。(もちろん陰毛はNG。パンツは穿いていた)

 僕は思わず、絶句してしまった。それを見たヨコヤマくんは「ふふん、どーよ?」みたいな自慢気な笑みを僕に向けて寄こす。
 僕はしばし判断に困りつつも、あぁ、こいつとはかりそめの友情だけで、本当に良かった・・・と、心から思った。
 
 それでも、「すげぇな」「毎晩、舞ちゃんとお楽しみかよー」「オレも欲しいー」などと一応、褒め殺しておいて、僕は借りるもん借りて、とっとと帰った。


 数日後、学校で浮かない顔のヨコヤマくんと廊下ですれ違い「よう!」と声を掛けると、「最悪・・・あの布団の下のポスター、母ちゃんに見つかってしこたま叱られたわ・・・」
 そう言って溜め息を吐くヨコヤマくんを、僕は心の中で「やっぱアホだな、コイツ」と呟き、せせら笑っておいた。

 それにしても、ヨコヤマくんの母ちゃんも、普通に机の引き出しやベッドの下、くらいに隠してあるエロ本には目を瞑れたものの、流石に布団の下から出てきた等身大ヌードポスターには、堪忍袋の緒が切れた、のだろう。いや、というより、我が息子ながら情けない・・・とか、あまりの変態性に息子の将来を悲観したりしてしまったのであろう。

 何にせよ、哀れなのは、叱られたヨコヤマくんではなく、そんな息子を持った母であることは、言うまでもないことであろう。
 そしてそれ以降、かりそめの友人達が、あまりヨコヤマくんの家に近づかなくなったことも、言うまでもないことであろう。
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