旅が好き・そして日々の時間で気の付く事を。

旅では人々の生きた来た跡を訪ねてみたい。
時間が出来たので、今までにしなかった事に手を出してみようと思う。

「室」と言う字 そして湊

2022-05-05 20:59:28 | 
二十五年前、全国の二神さんに集まってもらうよう二神系譜研究会を設立しました。
その後、網野さんの「文書返却の旅」の書かれていた神奈川大学の二神島調査もあり、恵まれた系譜に産まれたものだと思っています。

 本家の系図を見せてもらうと、中臣鎌足から始まり「嘘だろ」と思いながら、よく眺めてみると女性のところに名前は無くて「室」どこどこに嫁に行ったとか書かれていました。
「室」は訓読みで「つま」「へや」だとかなるほど。

福山市の鞆の浦に行きました折、大伴家持の万葉集にある歌碑がありました。「吾妹子が見し鞆の浦のむろの木は常世にあれど見し人ぞなき」とありした。今は無き妻を想う歌です。
 
福山市鞆の浦、歌碑

 ビャクシンが室の木と呼ばれていて海辺に多いとか。
 二神島には城のあった小山にビャクシン自生地があります。

二神島城山

地名で室は、根室に室蘭・真室川(音頭で有名)・室戸・・まだある

 室津と言う地名
 松山から神戸三宮行きの高速バスに乗り淡路の西側を通っているときに「室津」という表示が見えます。確か、兵庫県の竜野の辺りにも同じ地名があったと思い調べてみると「室津」有るわあるわ。我等がご先祖の豊田氏の本拠地の下関市に豊浦町にも、そしてあの高知県の室戸にも。

室津(兵庫県)思っていた以上に小さい。入り江の表現が適切かも。

 

鞆の浦(福山市)と御手洗港(広島県呉市(大崎下島))帆船の時代の港 

津は港町の名前によくあります。鉄道も車のない時代は船でものを運んでいてその集積地なのだろう。
 室の木が植わっている津?
 山に囲まれた小さな入り江。

奈良県の山奥にも?、三重の津市と大阪の間の真ん中辺りにも室津の地名が見える。他の処が海辺や川の近くだのに
なぜ?、是非行って見なければと思ったりします。

 この地名のあるところ帆船(北前船)の時代の湊町でと思いました。鞆の浦・御手洗・上関・下関・浜田・鳥取・温泉津・宮津・小浜・三国・橋立・黒島・深浦・小木・出雲崎・など当時の船は小さくて今のように喫水が深くなくて良い、風をよけるための小さい港という感じ。本を読むと小さな袋のような港と書いていました。
 「おふくろ」かなるほど

まだまだ行きたいところ見たい処と興味津々。




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