この秋、近くの大学で
先輩友だちがジェンダーの連続講義を担当するというので、
都合のつくときに数回参加させてもらった。
なにしろ、実は未だに
ジェンダーとは何か、「つかんだぞ!」という気がしないから。
(なんてslow learnerなのかと、我ながら呆れる…)
その初回の講義で紹介された、映画『プリシラ』を観てみた。
作品の紹介文を引用しよう:
「世代も生き方も違う3人のドラッグ・クイーン(女装のゲイ)。
オーストラリア の砂漠の真ん中にあるリゾートでショウ出演をするために
『プリシラ号』 と命名されたバスで旅に出た。
それぞれヘビー な問題を抱えた3人、毒舌の喧嘩が始まったり、
遭難しそうにな ったり、大爆笑の珍道中。小さな町での偏見で、
信じられないく らいひどい目にあいながらボロボロになる彼ら。
でも決してめげることなく、3人は夢をひとつひとつ実現してゆく―。」
いやはや、アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞した衣装は眩しいし、
音楽は懐かしいし、テンポがよくて楽しいし、しかも心に沁みるうえ、
心に何かが沈殿して思考を刺激するような、満足度の高い映画だった。
3人のドラッグ・クイーンが砂漠でであったのはアボリジニ。
近代社会を成立・維持させるため過剰な困難を強いられる両者が、
オーストラリアの広大な砂漠の片すみで
夜明けまで歌い踊りつづけるシーンは特に印象深い。
ひるがえって、
近代日本の成立と維持のため「外部」として機能しつづけてきた
ともいえる珠洲で、そこに生きる人びとに共感し惹かれた「わたし」は
何者なんだろう。
なぜ珠洲へ通ったのか?
すでに何度も問われ、そのたびに答えてきたはずのこの問いが、
新たな相貌をともなって迫ってくるかのようだ。
いったいなぜ? ―まだわからない。ただ、かすかな予感はある。
いくつもの文脈で「外部」を経験した、結節点のような
わたしの「外部性」が共鳴したからじゃないか、と。
……はてさて。
先輩友だちがジェンダーの連続講義を担当するというので、
都合のつくときに数回参加させてもらった。
なにしろ、実は未だに
ジェンダーとは何か、「つかんだぞ!」という気がしないから。
(なんてslow learnerなのかと、我ながら呆れる…)
その初回の講義で紹介された、映画『プリシラ』を観てみた。
作品の紹介文を引用しよう:
「世代も生き方も違う3人のドラッグ・クイーン(女装のゲイ)。
オーストラリア の砂漠の真ん中にあるリゾートでショウ出演をするために
『プリシラ号』 と命名されたバスで旅に出た。
それぞれヘビー な問題を抱えた3人、毒舌の喧嘩が始まったり、
遭難しそうにな ったり、大爆笑の珍道中。小さな町での偏見で、
信じられないく らいひどい目にあいながらボロボロになる彼ら。
でも決してめげることなく、3人は夢をひとつひとつ実現してゆく―。」
いやはや、アカデミー賞衣装デザイン賞を受賞した衣装は眩しいし、
音楽は懐かしいし、テンポがよくて楽しいし、しかも心に沁みるうえ、
心に何かが沈殿して思考を刺激するような、満足度の高い映画だった。
3人のドラッグ・クイーンが砂漠でであったのはアボリジニ。
近代社会を成立・維持させるため過剰な困難を強いられる両者が、
オーストラリアの広大な砂漠の片すみで
夜明けまで歌い踊りつづけるシーンは特に印象深い。
ひるがえって、
近代日本の成立と維持のため「外部」として機能しつづけてきた
ともいえる珠洲で、そこに生きる人びとに共感し惹かれた「わたし」は
何者なんだろう。
なぜ珠洲へ通ったのか?
すでに何度も問われ、そのたびに答えてきたはずのこの問いが、
新たな相貌をともなって迫ってくるかのようだ。
いったいなぜ? ―まだわからない。ただ、かすかな予感はある。
いくつもの文脈で「外部」を経験した、結節点のような
わたしの「外部性」が共鳴したからじゃないか、と。
……はてさて。