湘南ゆるガシ日和 ・・・急がず、休まず

湘南でゆるゆら暮らしココロ赴く先へガシガシ出かけるライター山秋真が更新。updated by Shin Yamaaki

2011.3.1.最後の台船さる/祝島沖・田ノ浦

2011-03-02 23:55:30 | 祝島沖・上関原発計画

3月1日午後、
祝島沖・上関原発予定地である田ノ浦の周辺海域に
さいごまでのこっていた中国電力の作業台船2隻が去った。
翌日から海が荒れることが予想されたため。

すでに中電の海上での動きがへっていたので
この日はわたしも田ノ浦の浜にいた。
午前中に冷たい雨がふったこともあり、
焚き火にあたりつつ、神奈川から来られたという方からいただいた
淹れたてコーヒーで暖をとっていた。

そこに届いた「最後の台船いぬる」の待望の知らせ。
浜が喜びでわきかえる。

この浜を封鎖しようと、2月21日(月)、
中電は数百人もの人員を深夜2時ころから派遣した。
(その様子は以下のURLからどうぞ:
http://www.youtube.com/user/hakunamatataTJ )

「浜を封鎖する」とは、陸においては、
町道から浜へおりるスロープのまわりをフェンスで囲って
行き来できなくするつもりだったよう。
だが、夜明け前から駆けつけた人々の懸命の抗議で
浜の封鎖作業は中断され、いまに至る。

海を背に浜を左から眺めてみると
浜のあちこちにその爪痕がみられる。



浜の左側では
組み立てられたフェンスの支柱がそのまま倒れていたり、
支柱の材料が放置されていたり。



浜の中央部にちかいスロープの前では
組み立てられたフェンスの支柱がまだ残る。





日に数回、中電が雇った警備員や作業員らが
そのまえに屹立したり囲ってみたり、



中電の敷地内事務所から隊列を組んででてきて
浜を一巡していったり。



浜の右の方のスロープ横には、
一部網掛けされたフェンスの支柱がたつ。





この田ノ浦の浜で、どういうわけか、
能登半島の突端・珠洲の揚浜式塩田の塩にであった。



古来から近世まで海上交通の要所だった珠洲(すず)は
揚浜(あげはま)式の塩の里でもあり、





2003年12月に、
原発建設計画が浮上から29年目にして凍結された地でもある。
ここ田ノ浦でこの塩に遭遇する不思議。


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