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湘南でゆるゆら暮らしココロ赴く先へガシガシ出かけるライター山秋真が更新。updated by Shin Yamaaki

ロックの殿堂~マイケル=ジャクソン・メモリアル~

2009-08-25 11:18:20 | 旅:北米クリーブランド

「クリーブランドにいるなら、ロックの殿堂に行かなきゃ!」
音楽通の友人にいわれ、あわてて調べると、
どうやらダウンタウン、それもクリーブランドクリニックの近くにあるらしい。

ということで、行ってきましたThe Rock and Roll Hall of Fame and Museum(ロックの殿堂)。



上の写真は、ロックの殿堂の正面。
なんだか、パリのルーブル美術館のピラミッドを思わせる…。

調べてみるとやはり、設計者が同じだった。
「幾何学の魔術師」との異名をもつという、中国系アメリカ人建築家、I.M.ペイ氏。


目の前の街路上には、「ロック生誕の地」と刻まれた記念碑もたつ。



1950年代の人気ラジオDJだったアラン=フリードが、ラジオ番組で
アップテンポな黒人のリズム・アンド・ブルースを「rock and roll」と呼び
新ジャンルとしたことで、ロックの流行が広まったそう。


22ドルの入場料を払い、いざ、なかへ。

プレスリーが友人たちに贈ったパープルの車
ウッドストックのチケット
ジョンレノンの走り書きの詩
ローリングストーンズがツアーに使った道具箱
マイケルジャクソンがグラミー賞授賞式できた衣装
U2やスティービーワンダーなどなどのステージ衣装…

功績をのこしたミュージシャン(デビュー25年以上が条件)、
プロデュユーサーなどの記録が保存・展示されている。

たくさんのジュークボックスやビデオや映画もあり、一日いても楽しめそう。
もちろん館内にカフェもあるので、お腹がすいても大丈夫。


ほとんど撮影禁止だが、出口近くにあった
マイケル=ジャクソン・メモリアルだけ写真におさめられた。

 

たくさんの写真や、カードや、テディベアや、花が添えられている。

よく見ると、ギターはマイケルの似顔絵いり。




…ロックの殿堂を見おわった今はひときわ、愛を感じるなぁ。


ロックに影響を与えた人たちも殿堂入りの対象なので
ロックのルーツとして、彼ら彼女らの功績も紹介されていた。

これがけっこうよく出来ていて、展示をみていくと
ロックがどういう状況の中で、どういうニーズのもとに生まれたか、
なんとはなしに受けとめるものがある。

ロックが生まれた1950年代、それは
アフリカ系アメリカ人が公民権運動をはじめた時期でもあった。

1964年に公民権法ができ、アメリカの人種差別は法的にはおわったけれど、
1968年のキング牧師暗殺のあと、反差別運動が過激化。
沈静化したのは1970年代中ごろといわれる。

言葉にできる気持ちは歌詞で、言葉にできない感情は音の響きで、
表現しようとしたひとつが、ロックだったのではないか。

1958年に生まれ、1966年にジャクソン5を結成し、
1971年からはソロ活動もはじめたマイケルは、
だからこそ、体験や想いを共有するひとりとして愛され、
その音楽はつよい共鳴を呼んだのかもしれない。

ギネス記録の大ヒット作「スリラー」が発売されたのは、1982年。
最近ではスキャンダラスな話題も多かったとはいえ、
それ以降ずっと、マイケルは世界のトップスターだった。

アフリカ系アメリカ人が
初めてアメリカ合衆国大統領になった2009年に、亡くなるなんて。


出口をでてそぞろ歩く。ロックの殿堂の横顔が目にはいる。



正面から眺めるロックの殿堂は、堂々としていて安定感があった。
側面からの姿は、不安定で、いびつで、尖っている。
人気ジャンルとして確立されながらも、留まるまい、固まるまいとするかのようだ。

これが、ロックの強さなのかも…。


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