サバ奈子

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釧路市 野外彫刻 幣舞町

2025-01-16 05:59:35 | 野外彫刻

釧路市生涯学習センターまなぼっと幣舞・釧路市立美術館 です。

交差点の反対側に彫刻があります。

【嵯峨久頌徳碑】
 この碑は、漁業功労者 嵯峨 久(1876年-1960年)を顕彰するために、釧路発動機漁船組合により昭和5年(1930年)に釧路市南大通2丁目2番地に建立された頌徳碑である。碑の台座の裏側には『嵯峨久君壽像・・・』ではじまる碑文があり、嵯峨久の経歴、ニシンやマグロ漁における活動、マグロ漁船の大規模な海 難事故に対する思いや、水産界での活動、その人となりが刻まれている。久は水産都市釧路の黎明期に動力船を用いた機船漁業を初めて導入し、民間人でありなが ら現在の釧路副港の前身である嵯峨漁港を整 備するなどし「釧路の水産業の父」とも呼ばれた人物。明治初期の釧路の水産業の混乱した困難な時代を経て、釧路の水産業が拡大し始めた明治末期からの久の人生も苦難の多いものであった。久は秋田藩士の三男として明治9年(1876年) に生まれ、七歳の時に現在の根室市に移住、その後函館で海産商の駐在員となる。三十歳の時、根室市でトロール漁業を試みるも失敗。明治40年(1907年)に来釧、ニシンまき網漁業を導入、小ニシンの最盛期であった釧路では好成績 をあげた。大正3年(1914年)には飯塚城之助 らと漁業組合の貸付資金などを活用し、率先して発動機船をマグロ流網漁業に採用し、釧路に おける機船漁業の先駆けとなった。

海の方を向いており、道路から離れた場所に設置されているため、たいへん目立たないです。

また昭和5年設立と大変古く、周囲は草ぼうぼうで手入れがされておらず、写真を撮るのがとても大変でした。

銅像製作 富山県立工芸学校
天恵 教諭御七位 松村秀太郎
鋳造 教諭 山本與三次郎

葉が落ちている時で、こんな感じなので、真夏の撮影は大変そう。

せめて道路側に向いていてくれればなぁ・・。

釧路市生涯学習センターまなぼっと幣舞・釧路市立美術館 の交差点向かい
釧路市幣舞町4番28号

お土産を買いに、フィッシャマンズ・ワーフMOOに行ってきました。

いっちゃん の顔出しパネル。

フィッシャマンズ・ワーフMOOの顔出しパネル。

釧路川。

釧路フィッシャーマンズワーフ MOO
釧路市錦町2丁目4


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