サバ奈子

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ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰ってきたところ 言っとくけど、素晴らしかったわ その3

2025-03-01 07:54:11 | お出かけ♪

シュレッダー

ブルジョワは街中で見つけた廃棄物を使った作品を多く制作しました。本作では、電線を収納する大型リールが無防備に横たわる下半身だけの女性マネキンをいまにも細断しそうな、悲惨で暴力的な場面をつくり出しています。
「怒りや苛立ちを作品で表現できなければ、その矛先を家族に向けてしまう」とブルジョワ自身が述べるように、作品をつくり続けることで、衝動的に湧き上がる敵対心、嫉妬、殺意という思いを浄化していました。
特に立体作品をつくることで、恐れや失望から生まれる攻撃的な感情に形を与えることができました。そして、それらの負の感情を対象物として観察し理解することで、手なずけることを可能としたのです。ブルジョワは心の葛藤を表現するためには妥協を許しませんでした。時に見る者と圧倒し、困惑させてしまうほどの大胆な発想力を、本作は体現しています。

無意識の風景-1960年代の彫刻
本コラムでは、父の死後、精神分析に専念していたブルジョワが、創作活動の休止状態から徐々に抜け出し、本格的に政策を再開した1960年代の作品に焦点を当てています。ブルジョワが1940年代に制作した数多くの「人物像」シリーズに見られる垂直性は、1960年代に入ると、水平なフォルムや、内部空間を持つ構造に取って代わられます。制作の手法も、木彫から、樹脂、石膏、ラテックスなどの柔らかい素材を使った流し込みや造形に移行し、人体描写はますます抽象的になっていきました。
《トルソー、自画像》(1963-1964)でみられる生物形態と、人体における対称性の融合は、ここで紹介されている1940年代のブルジョワの自画像にも通じています。また、ブルジョワは、1960年代の彫刻作品のいくつかを「隠れ家」と表現しました。1962年の同名の作品を含む、巣穴か巣のような彫刻は、隠れ家がもつ保護と束縛の両方の性質を想起させます。1960年代後半から1970年代初頭にかけて、大理石やブロンズの彫刻、ドローイング群は、再び上方に向かって伸び、身体や風景を連想させる形態の反復を見せ始めました。

迷宮の塔 隠れ家 トルソー、自画像 無意識の風景

クラマー

お針子の妖精


第3章 青空の修復
最終章では、ブルジョワが長い制作活動のなかで、いかにして意識と無意識、母親と父親、過去と現在との均衡を保とうとしたかに焦点を当てています。晩年の作品でブルジョワは、家族や親しかった人々との関係を修復し、心を開放する方法を模索しています。1990年代後半から、自分や家族の衣服、日常生活で使用した布製品など、大切な思い出の品々を用いて作品制作を始めました。自身の過去と密接に結びついた素材を取り入れることで、死後もそれらの思い出が永遠に残るように希求したのです。
布の断面を縫い合わせたり、つなぎ合わせたりする行為は、ブルジョワにとって、別れや見捨てられることへの恐怖を克服する方法でした。また、それは、タペストリーの修復業を営んでいた母親の仕事を思い起こし、子供の頃の思い出を遺す手段でもありました。布の作品は、ブルジョワの有名な「部屋(セル)」シリーズのひとつである、1997年の巨大なインスタレーション作品《蜘蛛》にも関連しています。蜘蛛は、修復と癒し、養育と保護という母性のメタファーであり、ブルジョワ自身から母への讃歌でもありました。
本作では、蜘蛛の巣が部屋の形をとり、ブルジョワにとって思い入れのある品々を守っています。
《青空の修復》(1999年)にも見られる、青色はブルジョワにとって自由と開放を意味しています。青い糸で縫い付けられ、修理された5つの空洞は、ブルジョワが生まれた家庭(両親と3人の子供)とニューヨークでブルジョワが築いた家庭(妻、夫、3人の息子)を表しています。

家族

妊婦


蜘蛛
ブルジョワは、1990年代半ばから2000年代後半にかけて蜘蛛のモチーフで繰り返し作品を制作しました。一連の蜘蛛の大型ブロンズ彫刻は、現在では最も代表的な作品として知られています。本作では、蜘蛛は腹部にナイロン・ストッキングに包まれた3つのガラスの卵を抱え、檻のような部屋を守るように長い脚を広げています。囲いの壁や中央の椅子には、タペストリーが施され、その他にも、メダリオン、止まった時計、ペンダント・ロケット、愛用していたゲランの香水「シャリマー」の瓶など、ブルジョワの身の回りの品々が並べられ、失われた時への回想に誘います。蜘蛛は、タペストリー修復工房を営んでいた母の象徴であり、また自身の体内から様々な感情を引き出しながら作品をつくるブルジョワ自身でもあるのです。


意識と無意識
ブルジョワが晩年の5年間に制作した4つの木枠ガラスケースによる大型作品のひとつで、2つの直立する立体は、それぞれ意識と無意識を表しています。白い柱には、同型の布製オブジェが少しずつ大きくなって積み重ねられており、意識がコントロールされた様を表現しています。それとは対照的に、宙吊りにされ、糸を通した5本の針が刺された青い涙型のゴムのオブジェは、無意識の非合理性や、予測不可能性などを表現しています。1951年に父親を亡くして深い鬱状態に陥った後、ブルジョワは精神分析を始め、制作過程における自身の感情の役割に気付きます。無意識へのアクセスできるという芸術家に特有の能力は、贈り物であると同時に呪いでもあると考え、「芸術は正気を保証する」と宣言しました。

雲と洞窟


トピアリーⅣ
自然の生命力や再生力は、ブルジョワにとって創作におけるインスピレーションの源でした。また、庭園などに見られる常緑樹や低木を刈り込んで動物や幾何学的な模様にした造形物であるトピアリーは、ブルジョワにとって人間存在の象徴でもありました。本作では、片足で松葉杖をつく女性の腕や頭部から生えた枝に、ビーズの青い房が実り、女性らしさと豊穣の花を咲かせています。腕の根本あたりや、青い房にいくつか混じる黒い実は、時折体内から負の感情がこぼれて結晶化したものにも見えます。ある枝からは、ブルジョワが自らの精神分析をしていた頃に制作された《お針子の妖精》(1963年)を思わせる涙のような形をした茶色の鳥の巣が枝からぶら下がっています。本作は、トラウマを昇華させ作品をつくり続けたブルジョワ自身を表しているといえるでしょう。

終わり

コメント
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