三太郎一家・福猫はどの子!PART7(完結編)

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私が経験した地域猫活動

2024-06-04 11:53:31 | 私の地域猫活動 総括

総括なんて勇ましいカテゴリーですが、書いていませんでした。

「書かなきゃ書かなきゃ」とは思いながらも、猫の飼育に追われ

時間が流れました。今でこそ世間的に認知されている

「地域猫活動」と言う言葉を知る人間は、私が活動開始した頃には、

ほぼいませんでしたね。

飼い主のいない猫の世話をする人はいましたが、

その行為がボランティア活動と、認識する人は少なかった。

むしろ迷惑行為と思っている人は、沢山いました。

今思えば私の活動は、それらと戦う活動だったと思います。

小さな命を、命とも思わない人間の行為は残酷でした。

辛い悲しい経験を重ねていく中、念じていたことは

「病んではいけない。病んだら活動できない。頑張れ!」です。

前例のない活動を個人で行う事で、精神的に病んだ方が何人かいましたので。

他人から、面と向かっての誹謗中傷。

仲間同士でも批判。信頼していた人からの裏切り。

強くならなければ、活動はできなかったです。

私は、それで癌になったのかもしれない(笑)

昨年の夏に保護した、石神井ミーちゃん↓

あの酷暑の中、この子の保護で無理して吐血したかも。

これは事実です。この保護には、かなりのストレスを感じていました。

石神井に行くのに片道1、5時間。往復3時間にプラス捕獲時間。

7月8月は、大きな公園のトイレ掃除をパートでしていたので、

捕獲に通うことは地獄でした。歩くと、動悸が酷かったです。

その動悸を病気とは思わないで、肥満からくるものだと

思い込んでいたから、私はおめでたい。

倒れないと分からない、お馬鹿さんでした。

保護してから、闘病中にミーちゃんのことで、思い出した事があるのです。

このミーちゃんは、私が地域猫活動を開始した最初の頃にTNRをした猫に、

間違いないのです。

去年、保護直後はケージで鳴き叫ぶこと2ヶ月。

ケージから出しても窓に張りつき、鳴くこと3ヶ月。

鳴くだけではなく脱走防止のネットを叩くは、カーテンは引きちぎるは。

うるさいのなんのって。今でも1日に数回は、網戸を叩きます。

外に出たいのです。自由に暮らしてきた猫は、外が好きなのですが・・・

絶対に出しません!意地でも出しません。身体張って保護した子なので。

「子猫がいるから助けて欲しい」と、依頼のあった三毛猫は、

私が昔、避妊手術をしてリリースし、毎日、配食をしていた猫で、

ある日突然、姿が消えた猫だったのです。

2010年、石神井公園駅周辺のTNR活動を開始した時期の猫でした。

なぜ思い出したのか。耳カットの形です。

当時の地域猫活動は始まったばかりで、

野良猫の不妊手術する獣医さんも少なく、

手術した証となる耳カットも、

獣医さんの好みで、形が違っていたのです。

私が最初に使っていた獣医さんのカットは、特殊でした。

普通の人には、これが耳カットとは思えないですね。

そしてミーちゃんもカットが同じ↓

それに気が付くのが遅かった。

ミーを保護してすぐの癌治療だったので、

怠くてベットにいる時間が長く、その時に気がついたのです。

本当なら保護していたかもしれない猫が、10年以上経って、

私の家にやってきた。これも運命でしょうか。子猫どころじゃない!

今年で15才!獣医さんの見立ては正解でした。

保護した経緯はここに書いております。

おまけです。私は大きな耳カットは嫌いでした。

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